◆【Shana's Side】Out of the frying pan
縛られていたルエナさんの縄を解き、怪我がないことを確認する。捕まったときに殴られたそうだけど、特に痛めつけられたりはしていないようだ。もし拷問とかしてたら、タダじゃ済まさなかったけどな。
ルエナさんは、あたしたちが助けに来たことにえらく感動して、何度もお礼を言われた。
その後ろではミエニー族の連中が、揃って天を仰ぐような姿勢でひれ伏していた。なんだそれ。この島での降参の意思表示か。
「さっさと失せろ」
あたしは銃を振って追い払うけれども。小粒の鳥撃ち用とはいえ散弾を喰らって無事なわけがない。まともに動ける奴は少なく、半数近くが起き上がれないまま荷馬車に乗せられて撤退していった。
城砦の物見塔からミュニオが見てくれているはずだけど、ミエニー族の連中がちゃんと立ち去るまで、威嚇も兼ねて監視を続ける。
「あいつら、これで諦めたりしないかな……」
「いや、無理だろ」
ジュニパーも当然、わかってはいる。だよねー、って顔で首を振った。
ミエニー族の町に行ったことはないけど、避難民の長老によれば、何百人かが暮らしているらしい。それだけの数になれば、避難民たちのように隠れながらの狩猟採集では生活を維持できない。生きて行くためには農業やら商業やらの生産活動が必要で、それには加護を与える樹がなくてはならない。枯れてゆくばかりのイルミンシュルに代わる若木が、避難民の立てこもった城砦遺跡にあるのだと知ったら。仮に勝てないとわかっていても退けないだろう。
「もっと人数を揃えてくるんじゃないか?」
「うん。たぶん装備もね。今回で、こちらの武器が知られちゃったから」
ジュニパーは、ミエニー族が落としていった木製の盾を拾う。今回の敵は長弓と手槍、そしてこの木盾を装備していた。彼女が表面の模様を指でなぞると、青白い光が浮かび上がる。
「なにそれ、魔法陣?」
「魔導防壁だね。シェーナの散弾も、いくらか防いでる。ほら」
ジュニパーの示した場所に、貫通していない凹みや傷があった。防壁の性能は、思ったよりも高い。
ミエニー族の想定する戦争は、南大陸と同じく弓矢と刀槍でのものだ。鉄の生産が少ないのか、装備は帝国軍よりも劣る。鉄製なのは短めの剣と槍の穂先、そして鏃くらい。防具や盾は木製で、魔導防壁の付与で補っているようだ。
「視界が利かないし遮蔽が多いし、数で押されて距離を詰められたら厄介だな」
「砦に籠って守りを固める?」
短期的には、それもありだ。そこで迷うのは、それをいつまで続けるかだな。避難民のみんなを見捨てて逃げるのは気が進まないけれども、あたしたちはここに永住したいわけでもない。
「ねえルエナさん、砦のみんなは東から逃げ延びてきたって言ったよね」
あたしが訊くと、元猟師の避難民は朴訥な口調で答える。
「んだな。ミキリアルっていう海近くの村でな。そのあたりを根城にしとる海賊に滅ぼされただ」
「そこに帰るのは難しいの?」
「帰るだけなら難しくねえが、家や畑は焼かれたから、戻っても食い扶持が稼げねえ。収穫ができるようになったら、あいつらまた奪いに来るだよ」
あいつら、というのは海賊のことだ。その海賊もミエニー族だというから鬱陶しい。避難民はいくつかの少数民族、もしくはその混血で、要するにハイアドラで種族の分類は“ミエニー族か、否か”でしかないようだ。
南大陸でもあったし、元いた世界でもあった多数派閥の選民意識で、ミエニー族以外は虐げられ踏みにじられてきたと。
「どうしたもんかな」
「とりあえず帰ろう。ふたりとも、乗って」
水棲馬姿になったジュニパーに揺られて、あたしとルエナさんは城砦に戻る。避難民のみんなが出迎えてくれて、口々に感謝してあたしたちの活躍を褒め称える。屋上から見ていたというけれども、こっちのひとたち2キロ先の戦闘が視認できるのね。たぶん、あたしじゃ無理だ。
「おつかれさま」
屋上まで上がると、ミュニオが物見塔から手を振る。出番がなかったと笑うが、それは幸運だっただけのことだ。彼女の支援射撃がなければ、前衛ふたりでは不測の事態に対処できない。そして、今回の戦闘を俯瞰的に見ていたミュニオも状況は理解していた。
「次からは、敵の数が増えると思うの」
「同感だ。今回はなんとかなったけど、あれ以上の敵が来たら対処が難しい」
平坦な地形で射界が広く取れた南大陸と違って、この島では手持ちの武器を有効活用しにくい。大型リボルバーとカービン銃と自動式散弾銃では、大勢で距離を潰されると手数が足りない。
他にも武器はあるのだけれども、高速警備艇に搭載されていた重機関銃とか、水中の敵を殺す用のグレネードランチャーとか。前に敵の武器庫から奪った名前も知らない短機関銃とか、えらい重たくてデカい手持ち式の軽機関銃とか。
いろいろと選択肢があるようでいて、大きすぎたり重すぎたりであまり有効な手段と思えない。ジュニパーにもショットガンを持ってもらえたら安心感が違うんじゃないかな。
「こうなったら、爺さんに頼んでみるか」
そういや、しばらく呼んでなかったな。ミュニオとジュニパーに声を掛けて、“市場”と唱えたあたしは目の前に現れた光景に思わず息を呑んで固まった。
「……⁉」
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