◆【Shana's Side】Bastion Remnant
「みんなー、お肉が焼けたよー♪」
あたしはジュニパーの声を聞いて、覗いていた双眼鏡を目から外す。
小高い丘の上にある、崩れかけた城砦の屋上。胸壁の陰に据えられた焚火の上では、仕留めたばかりの鹿肉が焙られていた。その周りに、子供たちがワチャワチャと集まってきてる。
「「「わあぁーい‼」」」
「熱いから気を付けてね~! それじゃ、大きい子は……?」
「「ちいさいこのめんどう、みるー!」」
「うん! みんなも、お兄さんお姉さんの言うこと聞くんだよ?」
「「「はーい!」」」
すごいな。死んだ魚のような眼をしてた避難民の子たちが、ほんの数日で生気を取り戻してる。しかも自然に助け合いながら、子供だけで自律的に行動できるようになってる。
小さい子たちの扱いの上手さで、ジュニパーはあたしたちのなかで群を抜いていた。まあ見た目は宝塚系セクシーお姉さんな彼女自身が、実は八歳という事実もあるのだろうけれども。
「シェーナ、ミュニオも、お待たせ!」
物見塔まで登ってきたジュニパーが、焼き上がった大きな肋肉を差し出してくる。じゅうじゅうと脂が泡立つ鹿肉は絶妙な焼き加減で、食欲をそそる芳しい香りが立ち上っている。これは、ガーリックスパイスとカレースパイスのブレンドかな。
「ありがと。すごく美味しそうだ」
「どう、様子は?」
少しだけ声を落としたのは、階下にいる子供たちに心配させないようにだろう。
「いまのところ、近づいてくる様子はないの」
あたしと一緒に物見塔に立っていたミュニオが静かな声で言う。
エルフの血を引くだけあって見た目は幼い少女のようでありながらも、357マグナム弾を装填したカービン銃をゆったりと構えた姿は歴戦の古強者といった落ち着きを醸し出していた。
まあ、彼女が仕留めてきた敵の数を考えれば、雰囲気だけではなく実際に古強者以外の何者でもない。
「北北西に8百メートル、斥候と思われる薄い気配が、ふたつあるの。木の陰から出てこなかったけど、武器だけは壊したから警告にはなったと思うの」
「とはいえ、退いてはくれないだろうなあ……」
見降ろせば視界いっぱいに、延々と広がる熱帯雨林。北西の地平線近く、わずかな平地に木々が伐採された直径百メートルほどの空間が見えていた。
そこがハイアドラで最多の民族、ミエニー族が暮らす町ミニエーズだ。町の中心部に聳え立っているのが、エルフの神木に似た巨大な樹、イルミンシュル。生命の魔力とやらを帯びたその樹は強力な加護の力で魔物を寄せ付けない……らしいのだけれども。
いまでは見るからに枯れ始めていて、一部は完全に朽ちかけていた。ミエニー族は、生き残りのために手段を選べない状況にある。
「こんなにウンザリするくらい草木が茂りまくってるなかで、いちばん枯れて欲しくない樹だけが枯れてくなんてな」
「豊かな水と肥沃な土だけでは、イルミンシュルは育たないみたいなの」
それだけならば、もしかしたら“残念でした”で済む話だったのかもしれない。が、いまいる砦遺跡の内部に、イルミンシュルの若木と思われる低木が残っていることが争いの火種になっている。
「どうしたもんかな。この地形は、銃には向かないしさ」
「ランドクルーザーにも、だよね~?」
平地が少なく高低差が激しい地形と呆れるほどの降雨量、ぬかるんで脆く崩れやすい地面。自動車どころか水棲馬姿のジュニパーでも移動には難儀するほどの密生具合だ。
鬱蒼と生い茂った枝葉が視界をふさいで、接近してくる敵の姿はなかなか視認できない。数カ月前まで過ごしてきた南大陸とは、あまりにも違っていた。
「大丈夫、そういうこともあるの」
あたしとジュニパーの不満と不安を、ミュニオさんじゅーさんさいは笑顔で和ませる。あちこち旅していれば状況も環境もさまざまだし、有利不利も得手不得手もその時々で変わってゆく。焦る必要はないし、あたしたちなら多少の逆境くらい乗り越えていける。力を合わせて全力で挑んで、それでもダメなら。
そのときは、そのときだ。
「ミュニオさま、シェーナさま、ジュニパーさま」
話しながら鹿肉をかじっていると、階下からあたしたちを呼ぶ声がした。城砦中央の吹き抜けから、地上階で手を振る男性が見えた。この城砦で避難民を取りまとめている、長老のヌマグさんだ。
「いま降りるよ」
「それじゃ、物見塔はぼくが代わるね」
「お願い」
見張りはジュニパーに任せて、あたしとミュニオは梯子を降りる。避難民は屋上で食事中だけど、目に入ったのは子供が十二人に、大人が五人。ヌマグさんを入れて七人だったから、ひとり足りない。
「いないのは、ルエナさん」
あたしの目線だけで察したミュニオが、小さな声で教えてくれた。ルエナさんは元猟師なので弓が上手く、避難民のなかでは唯一の戦力だった。狩りのために出かけているだけなら良いんだけど。
階段で二階を通り一階まで降りると、ヌマグさんが持っていた長い矢を見せてくる。避難民のなかで弓矢を使えるのはルエナさんと、マイエルさんのふたり。彼らが使っている半弓の矢ではない。長弓で使う矢。相手は兵隊か。
「先ほど、北側の森から、これが」
差し出された矢には布の端切れが結ばれていた。見た目は矢文みたいだけど、この島で読み書きができるのは商人と為政者くらいらしいから、違うな。
「……ルエナさんの、頭巾」
ミュニオの声に、ヌマグさんが悲壮な顔でうなずいた。
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