◇【Esther's Side】過去との邂逅
葬儀の翌日、私はレンタカーでコオリナに向かった。ホノルルから西に32キロちょっと。葬儀のあったメモリアルパークからでも、48キロ以下だ。一時間もかからず到着したそこは、子供時代に過ごした別荘から程近い……でも、まるで見覚えのない場所だった。
もらったメモを確認してみるが、住所は合っている。ハワイのどこにでもありそうな、平屋建ての別荘。落ち着いた雰囲気ではあるが、そう広いわけでもなく、目立った特徴もなく、海に面してもいない。
渡された鍵で正面から入ると、内部は3ベッドルームのシンプルで標準的な別荘だった。ガレージには古いトヨタのランドクルーザー。燃料備蓄用の金属タンクに、芝刈り機。とってつけたようなサーフボードとゴルフバッグ。曲者で食わせ者の曾祖父が所有していた物件にしては普通過ぎ、ありきたりを意図的に装ったようにも感じる。
最も大きな違和感は、不自然なほどに頑丈なドアと厳重な施錠だ。壁を叩いてみると妙に硬く、よく見れば窓も分厚い、おそらく防弾ガラスだ。うん、こういう方が却って曽祖父らしく感じる。
「これが私にしか託せないって、どういうことなの?」
テオおじちゃんから渡されたキーリングに鍵はふたつ。正面のドアと、もうひとつ。こちらもディンプルキーだ。あれこれ探し回って、キッチンの壁に隠し扉を発見した。もうひとつのキーで開いてみると、地下に下りる階段が現れる。まるで核シェルターみたいな分厚いドアを開けて入った地下室には、壁に大量の武器弾薬が納められていた。
「……どうかしてるわ」
曽祖父はどう考えても終末論者とは思えなかったのだけど。その上、末期的世界を相手に籠城戦をするには、チョイスがどうにも不自然だった。
壁のラックには、大小あれこれ二十挺ほどのリボルバー。弾薬は旧式官用リボルバー弾に、その強装弾。プラスティックの容器に入った、小さな22口径ロングライフル弾。そして、エラい量のショットガン用散弾。種類とメーカーは様々で何百発あるのかわからないほどの量なのに、ショットガン本体は一挺だけ。古臭いデザインのレバーアクションで、たぶんアーノルド・シュワルツェネッガーがハーレー・ダビッドソンを運転しながら片手で撃っていたアレだ。
「これ、どういう趣味?」
なんでか木部が紅いのも不可解だけれども、そもそもハワイにはショットガンで撃つような生き物も、狩猟が許可されるような環境もほとんどない。ハウスディフェンスが必要な治安状況でもない。見渡した限りどこにもメッセージらしきものもなく、どういう意図でなにをしようとしていたのか、理解し難い。
「……となると、怪しいのはこれか」
地下室の真ん中に置かれた、切り株みたいな物体。帆布で巻かれて、荷留用の布ベルトでガッチリ留められている。
薄暗い地下室で見ると、処分前の死体に見えなくもない。まあ、それはないだろうとは思うが。
ベルトを外し、帆布をめくってみると、それは木製の演台だった。政治家のスピーチに使うほど大きくも立派でもない。せいぜい田舎の教会に置かれているのが似合いの代物だ。
それがなんでまた、こんなところに?
聖者と呼ばれていたらしい曽祖父の形見としては、自然なのか不自然なのか判断に迷う。
「悪いが、俺から伝えられることはねえんだ」
葬儀の席で、テオおじちゃんは言ってた。
「エステル嬢ちゃんが自分の目で見て、考えてもらうしかねえ。アンタならそれができると、アニキは信じてた。……もちろん、俺もな」
演台の上には、素っ気ない封筒に入った手紙が置いてあった。宛名には「ディア・エステル」とだけ。孫やひ孫を呼ぶとき曾祖父が口にしていた“妖精”というのが、現代ではSDGs的に推奨されないとか言われてからだ。“くだらない時代だ”って顔に書いてあったけど。彼はなにも言わず時代に合わせた。その不本意な迎合が、いまでは少し切ない。
開いてみると、手紙の文字はわずかに右肩上がりで、いくつかアルファベットの形が違っている。特徴的な、曾祖父の手癖だ。
“もし、わたしのクライアントが現れたら、話を聞いてほしい”
“紅い服を着た、紅い目の少女だ。名前は、シェーナ。ミュニオとジュニパーという、女性のパートナーがいる”
“はぐれ狼のような娘だが、個人的感想としては、お前なら仲良くなれると思う。無理強いはしない。おまえ自身の目で見て、判断してくれ”
待って。いきなり、これはなんの話? 同性パートナーに、どこにも属さないって、第三の性自認の女性? ……いや、曾祖父にそんな知識があるわけないか。
“支払いは基本的に、金貨か銀貨だ。お前なら換金方法も思いつくだろうが、手間を省きたければMJリミテッドのヘンドリクスに依頼してくれ”
“銃器と銃弾はストックしてあるものを使って、足りなければこちらに電話するといい”
“車輛関連で融通が利くのはホブソン・モータースだ。必要ならガレージのトヨタも渡して問題ない”
その後も延々と、“シェーナ”との商取引についての記載が続く。それぞれの項目ごとに、住所と電話番号と担当者と所感などが書いてある。思い出話はなし。感情的な話題も、家族の話もなし。ついでに言えば、この家や在庫置き場についての話もなしだ。
これは……遺言というより、引き継ぎの業務連絡だな。
“どこにも貸し借りはないし、面倒なしがらみも断ち切ったつもりだが、共産主義国の連中には恨みを買っている。なにがあっても絶対に近づくな”
「そんなのは、言われなくても……」
そこで、かすかに空気が動く気配がした。密閉された建物の、ドアか窓が開けられたような感覚。上階に、誰かが入ってきたのか。
私は入ってきたとき、玄関のドアを施錠したか?
……覚えていない。とりあえず内部を見回って、すぐに出てくるつもりだったから。
耳を澄ませてみれば、カサカサいう音が聞こえてきた。体重のある人間が、足音を忍ばせて素早く移動する音だ。
それも複数。嫌な予感がする。他人の家に踏み込んだ一般人は、あんな風に移動しない。声を出さないなら、警官でもない。軍の特殊部隊か、その元出身者。なんにしろ他人の家に黙って踏み込む人間が、まともな相手なわけがない。
壁から銃を取る。少し迷って、ウィンチェスターのショットガンにした。射撃など室内射撃場で数回、体験しただけだ。リボルバーなど撃っても当てられる気がしない。
M1887のレバーを操作して、箱から取り出した散弾実包を装填……しようとして固まる。
「なにこれ。どこからどうやって入れるの?」
ショットガンは機関部下にある開口部から、レバーアクションのライフルなら右側面にある開口部から装填するはずなんだけど。この銃には、そのどちらもない。
こうなったら、薬室に一発ずつ入れるしかないか。手が震えて派手に取り落とし、散らばった実包の尻が床の上で硬質の音を立てる。
マズいマズいマズい、こちらの位置を気づかれた。ショットガンには、まだ一発しか込められてない。地下室に入るドアが蹴り開けられた瞬間、思わず発砲するが階段の壁を削っただけで終わる。
「クソが!」
直後にすさまじい勢いで銃弾が降り注いできた。咄嗟に遮蔽の陰に入らなければ死んでいた。いや、頭がおかしいとしか思えないほどの乱射ぶりからすると、死ぬのは時間の問題でしかない。
「両手を挙げて出てこい! 抵抗すれば殺す!」
訛りのある英語で、上階の男が叫ぶ。
いまの銃声を聞いた誰かが通報してくれないかな、とは思ったけれども。シーズンオフの別荘地というのは、あまり在宅していないものだ。おまけに曾祖父の隠れ家となれば、防音対策もしっかりしてそうだ。
これは詰んだな。逃げ隠れする方法もない私は、諦めて両手を挙げ遮蔽から出た。
「どっちにしろ殺す気でしょ」
ゆっくり階段を降りてきた男たちは、似合わないハワイアン・シャツを着た白人の三人組だった。共産国かは知らないが、印象としては東欧人。彼らは短機関銃を振りながら素早く地下室内を確認すると、イヤらしい笑みを浮かべた。
「お前しだいだ。“聖者の遺産”はどこにある」
「は?」
曾祖父の遺産? 分与は生前に済んでいるので、もう金目のものはない。昨日いくつか相続されたのは、この別荘と同じような親族内での形見分けだけだ。
それを伝えると、男は冷酷そうな碧眼を細めて言った。
「笑わせるな。あの老害は、蛮族の国を作り変えた金を生むガチョウだ。知らなかったなどとは言わせない」
知らなかったわけではないが、この場所に来て疑問がいくつか氷解した。“偉大なる聖人”で、“神の錬金術師”だった曾祖父が起こした“奇跡”の源。
「ガチョウは、もう金の卵を産まない。アンタたちが殺したから」
正確には、違う。いまでも金の卵が生み出されるかどうか、私は知らない。たとえ知っていたところで、生きてそれを見届けられることもない。
男たちは、視線を交わして短機関銃をこちらに向けた。これで終わりか。あまりに短い人生に悔いがないとは言わないが、こうも呆気ないと溜息しか出ない。
「おい」
そのとき、静かな声がして男たちがビクリと身を震わせた。
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