◇【Esther's Side】ホーリー・アセンション
おかげさまで書籍化決定!
となれば、ご愛読感謝の特典SSだろとは思ったんですけどね
キッチリ完結させてしまったのでSS作りにくく、見切り発車で新章開始しました
曾祖父の葬儀は、ずいぶんと風変わりなものだった。
誰もが目を真っ赤にしながら、ニコニコと笑って故人の思い出を語り合うのだ。それが、あのひとの遺言だからと。
おまけに聞こえてくる話はみんな、子供の駄法螺みたいにまったくリアリティがない。いわく、小さな南の国を発展途上国から準先進国にまで引き上げたとか。いわく、国民平均寿命とひとり当たり国内総生産そして人口を倍近くに引き上げたとか。いわく、周辺国から大量に流れ込み治安悪化の原因になっていた武器や兵器を全て黄金に変えたとか。
それが事実だとしたら、故人は神様か魔法使いだ。私が呆れてそう言ったら、みんな大笑いした。そして、ひとりが言った。
「ああ、そうだよエステル。お前のひい爺さんは“偉大なる聖人”で、“神の錬金術師”だったんだ。わしら貧しい者たちにとっては、本当に、本当に神様だったんだよ」
みんな頷きながらうっとりと幸せそうに微笑み、そしてダバダバと涙と鼻水を垂れ流す。
「女神が天に還って、もうすぐ二十年になる。ようやく聖人を、迎えに来たってことなんだろうねえ」
女神、か。
曾祖父は、自分の妻をずっと“わたしの女神”と呼んでいた。娘である祖母を“わたしの天使”呼び、孫やひ孫たちを“わたしの妖精”と呼んだ。
当の本人は“聖人”と呼ばれ、それでいて無神論者だというあたりが曾祖父の曾祖父らしいところだ。
曾祖父の過去については、わからないことばかりだった。生前の彼は、自分の人生についてなにも語らず、ただ静かに笑っているだけだったから。
「思い出は、みんな向こうに置いてきた」
曽祖父は、よくそう言って笑った。それは良いことばかりでも、悪いことばかりでもないのだろう。本人が決めたことなら無理に訊くのも失礼かと、亡くなるまで干渉せずにきたのだが。
今日わかったのは、曾祖父が武器・兵器を金に換えたこと。その資金を惜しみなく注ぎ込み、彼の国に工場と病院と学校とショッピングモールとアミューズメントパークを作り上げ、国民の未来に投資したこと。
南の小国とはいえ国ひとつを――そして間接的には世界の一部を――陰で動かすほどの財力と権力と影響力を持っていたらしいことはわかった。わからないのはその手段、もっとわからないのは動機だ。なぜ、そこまでして世界を変革しようとしたのか。そして、なぜ変革を止めたのか。そこまで貢献した生まれ故郷の国を、なぜ捨てることになったのか。
米国政府の支援でハワイに渡って十余年。なぜ、いまになって――
――事故死、することになったのかも。
「エステル嬢ちゃん」
穏やかな声がして、頭上に巨大な影が差す。いつも大きな身体で、小さい私を抱っこしてくれた。そのときの癖なのか膝をついて抱き上げようとして、そのまま抱擁に切り替えたような間があった。
「テオおじちゃん、久しぶり」
「よく来てくれたな。いまは……米国本土なんだろ。マサ……マス……修士課程の大学生?」
「マサチューセッツ。だいたい合ってる。いまは、大学院生だけど」
「すげえな、その若さで。アニキが、いつも自慢してた。あの娘は、いちばん……自分に似てるってな。高校も出てないアンタと比べるのは失礼にも程があるって、いつも言ってやってたんだけどな」
朴訥で、悪戯好きで、ぶっきらぼうだけど優しい巨漢。“更生”したと自称する曾祖父が唯一、素の表情を見せていた相手。間抜けだの役立たずだの木偶の坊だのと罵り揶揄いつつ、最も信頼していたひとだ。
古いタフガイの陳腐なイメージを形にしたような彼が、いまは見る影もなく憔悴していた。遺言を守らなきゃ、笑みを浮かべなきゃって、必死になって強張った顔は、憤怒の表情のようにしか見えない。
「……すまねえ。アニキを、守ってやれなくてよ」
ボソッと、テオおじちゃんは抑えた声で言った。
曾祖父が、アメリカ政府が言うところの“事故”に遭ったとき、最期を看取ってくれたのが彼だ。それが事故でないことくらい、みんなわかってた。不自然なほどに早く政府から公式発表がなされたのが、“死因は口外できない”という意味だってこともだ。
「ありがとね。一緒にいてくれて」
事故の件には触れず、私は笑顔で礼を言った。曾祖父が死に際に独りじゃなかったってことが。それがテオおじちゃんだったってことが、遺族にとってどれだけ救いになったか。
彼はしばらく迷って、私の手になにかを忍ばせる。見ると、それは鍵だった。
「アニキからだ。すまねえんだが、こいつばかりはエステル嬢ちゃんにしか託せねえってさ」
大小ふたつの鍵はどちらも表面に丸いくぼみがあるディンプルキーだ。不正解錠しにくいため、高いセキュリティが求められるところで使われる。いまの時代に電子ロックを信用しないあたりは、曾祖父らしいとも思う。
「……金庫?」
「別荘だ。隠れ家って言った方が近いかもしれねえな」
住所を記したメモとともに彼が告げたのは、私が子供時代を過ごした懐かしき至福の地だった。
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