退屈な永遠
とりあえずの目的を果たして、ホッとはしたんだけど。しばらくすると気付いた。ソルベシアにいると、なんとなく鬱々とした気分になること。
デポのひとたちは親切だし、みんな前向きで信頼できる良いひとだと思うんだけど。
「なんだろな、この感じ」
「うん、わかるの」
「ぼくも」
「なんかな……」
「敵より面倒なのに、囲まれてる感じ、だよね?」
「そう。平和なはずなのに、気持ちが澱んでく」
あたしのボヤキにミュニオとジュニパーが応え、それを聞いていたミスネルさんも苦笑した。
「若い子は、ここに長くいるべきじゃないわね。目的がないと腐っちゃう」
「そうなの? デポにも若いひとはいるよね?」
「彼らは、ソルベシアに何かを期待してるわけじゃないから」
機械弄りと工事と戦闘が大好きなドワーフか、南側にいくつかある隠れ家との連絡で立ち寄った獣人やエルフ。彼らは自分たちの研究のため、あるいは南側地域で戦闘や仲間の救出を行い、いまは補給や報告や休養のためにここにいる。
「ソルベシアのエルフを助けようとして、失望して北大陸に帰って行ったひとも多いの。魔王夫妻みたいに、また別の大陸に向かったひともいるわ」
「ああ」
そうだな。なにも期待してなかったから失望というほどのことはない。
でも、砂漠に水を撒いてるような。掘り出した穴を埋めてるような。時間と手間を無意味に浪費してる感じがある。行き場を失ったような。目的もなく、迷走しているような。
道中で出会って、別れたみんなが、妙に懐かしい。でも、そこに戻るのも、何か違う気がする。前に進めって、心がざわめく。
それはわかる。けど前って、どこなんだろ。
「ミスネルさんは、嫌になったりしないの?」
「わたしには、やりたいことなんてないから。仲間たちを支えられたら、それで良いの」
自分の意見は参考にならないかも、なんて笑うけど。
明るく真面目で優しく有能な彼女が、まさかの無目的とは。このひとはこのひとで、意外と闇が深い気がしないでもない。なんだろ、ヒモに貢ぐキャリアウーマン的な。必要とされることを必要としているみたいな。
まあ、他所様の話はいいや。それより、あたしらの今後だ。
「シェーナが行きたいところがあれば、ぼくはついてくよ」
「わたしも」
「それは、ありがたいけどな。特にないんで困ってる。他の大陸に向かうっていっても、どんなとこかサッパリだしな」
それを聞いて、ミスネルさんがいくつか丸めた紙を渡してくる。なんでか、妙に嬉しそうだ。
開くと、かなり縮尺の大きい広域の地図だった。等高線も入っていて、元いた世界のものに近い。
「前にケースマイアンの聖女が作ってくれたの。西大陸の地図は魔王夫妻が持って行ったけど。ひとつは、この大陸の地図。もうひとつは、わたしたちのいた北大陸の地図。そして、これが……」
新たに渡された地図には、大陸が描かれていなかった。大小様々な島が、えらく大量に散らばっている。
「東群島の地図」
なるほど。東側には大陸がなくて、代わりに島が点在しているわけだ。
それはわかった。楽しそうなところだとも思う。でも……
「なんで、これをあたしたちに?」
「あなたたちなら、何かを見付けられると思ったから」
お宝でもあるのかと期待してしまったが、それは即座に否定された。
地図は上空から見て描き起こしたものなので、どこに何があるのかまでは全くわかってない。どうやら、ドローン撮影かなんかでデータ収集をしていたようだ。
ミスネルさんがいいたかったのは、新天地で得られるものがあるという話だ。
「同じように魔王夫妻も、ここを出て西大陸に旅立って行ったの。まだ間に合うかもって、言い残して」
サイモン爺さんも、似たようなことをいってたな。人生のロスタイムに、“人生の価値”を賭けて小さなギャンブルをするんだって。勝てば少しだけ、自分の人生に意味が見付けられるんだっけか。
あたしたちとは別の話だろうが、ミスネルさんがいわんとしていることはわかる気はする。
「前に進むことが、できるうちに……ってことだね」
「ええ、その通りよ」
ジュニパーがいうと、ミスネルさんは静かに頷く。穏やかな笑顔なのに、どこか諦観めいたものを感じる。
「たぶんわたしも、わたしたちの多くも、ここから先には進めない。それを望んでもいない」
彼女の言葉は迷っていたあたしに染み込み、すんなりと腑に落ちた。なんとはなしに死者から生者へと伝える言葉みたいな印象が、どうにも気になるけれども。
「行きなさい、シェーナ。どこまでも、進めるところまで」
ミスネルさんは、あたしを見る。なんでかひどく、老生したような目で。
「……振り返ることなんて、いつだってできるんだから」