主なき走狗
傀儡になってまでソルベシアに執着した偽王ミキマフの妄念も、草木の身体と一緒に燃え尽きてしまった。狐獣人の自称王子イハエルも、その他の王子たちも死ぬか殺されるか逃げるかで姿を消した。
偽王は死に、偽王朝も滅びた。
そして、その後は。
結果からいうと、ヤダルさんの予言は半分合ってて、半分間違ってた。
虎姐さんがいうところの“ネズミや虫けらども”は、彼女の予想通りコソコソと活動を始めた。
群雄割拠というか有象無象というか、無数にあったらしい派閥の連中が偽王派閥の壊滅とともに動き出しはしたようだけれども。装備も理想も統制も頭数もない烏合の衆が、小競り合いと統廃合と離合集散を繰り返しているだけだ。目立った成果もなく戦いというほどの衝突も発生せず。そんな奴らばかりが次々と現れては、目的さえ見えないままに消えた。
それは皮肉にも、迷走の果てに焼き払われたミキマフの縮小再生産でも見ているようだった。
「ミュニオが真王として登極したら、あいつらが群がって来てたんだろうけどな」
ヤダルさんは他人事みたいに笑う。まあ、他人事ではある。
しょせんミキマフや帝国の支配下で、逃げ隠れて息を殺していただけの連中だ。暫定的にでも平和が達成されたいまになって、残されたパイの――その残骸の――奪い合いに動き出したわけだ。
そんな奴らが、市井に暮らすミュニオにわざわざ接触してはこない。
いっぺんだけ、絶対信奉者と名乗るエルフの集団が“魔王の物資集積所”を訪ねて来たことはあったらしい。ミュニオへの面会を申し込んできたが、断られるとションボリと帰って行ったそうな。
前に会った彼らの自称によれば、代々王に仕えて来た忠臣の末裔。高い魔力を持ち、真なる王に絶対の忠誠を誓う者。
とはいえ、本当にそんな奴らがいたんだとしたら、ここまで末期的状況にはならなかったはずだ。圧政や悪政に唯々諾々と従う者なら必要ない。王への諫言さえできなかったのなら、忠臣の役割として何もしなかったのと同じだ。
そんな奴らと会ったところで意味はない。
「シェーナ、ミュニオとジュニパーも、手を貸してくれる?」
「おー」
デポでしばらく休養を取った後、あたしたちはミスネルさんを手伝ってソルベシア北部を回った。そこに点在する“恵みの通貨”、命を糧に増殖してゆく森の増殖を止めて、機能を停止させるためだ。
“恵みの通貨”は木々に捕食される生物の供給が絶たれると膨張が止まり、やがて普通の森になる。
「崖際から二十一メートル、そこの印のところまでだ!」
「応!」
作業はデポのドワーフが主導で進められる。少し南下を始めた森の外周を焼いて、ドワーフお手製の機械で土を踏み固めるのだ。その後に、草を生やさないための特殊な薬剤を撒く。除草剤みたいなもんか。聞いた話じゃ、レシピはケースマイアンの聖女が開発したものなのだとか。
……どんな聖女だ。
「なあミスネルさん、いくら隔離しても虫とか鳥とかまでは遮断できないと思うんだけど」
「大丈夫よ。そのくらいじゃ森が膨張する力にはならないみたい」
「小さいから?」
「大きさというより魔力量ね。だから最低でも……」
ミスネルさんは、ちょっとだけ言い淀む。
でも、あたしには理解できた。ということは、ジュニパーとミュニオにもだ。
「なるほど。エルフくらいの餌は必要なんだね」
なんでか嬉しそうな顔で、ジュニパーが答える。
魔力量だけでいや水棲馬も魔力持ちの人間も該当すんだろよ。
「そうね。だからひとの足では出入りできないようにするだけで、かなり効果はあるはずなの」
南側に生存圏を確保するため、ミスネルさんたちはいくつも橋を落とし、道を崩して、河を広げて隔離を進めてきた。いまのところ囲い込みは成功しているのだが、“恵みの通貨”を聖なるものとして崇拝する一部のエルフからは非難や侮蔑や敵意をぶつけられる。
森も焼いたが、わずかな外縁部だけだ。そういう生活が望みなのであれば南下阻止線ではなく、もっと北で好きなようにすれば良いのに。
「あんたら、“始まりの樹”の周りだけじゃ不満なのか?」
今日も難癖つけて来たエルフの一団に、あたしは疑問をぶつけてみる。
そこは、かつて砂漠に覆われた帝国占領地だったソルベシアが緑豊かな森林地帯として復活した記念すべき場所だ。オアシスを含む直径十六キロほどの地域は、現地のエルフたちが維持できるようにミスネルさんたちも手を付けていないらしい。
なぜそこで暮らさない。
「……あ、あの場所は、聖地だ! ……決して、汚すべきではないのだ!」
「いや、だからさ」
「シェーナ、放っておいて。こいつら、自分たちも喰われるのは嫌なのよ」
ミスネルさんがポソリと吐き捨てる。頑迷そうなエルフの爺さんたちは怒りで顔を真っ赤にしながらこちらに詰め寄りかけたが、あたしたちが全員で睨み付けると目に見えて怯んだ。
思わず溜め息が出る。前にミュニオがいってたのを思い出した。ソルベシアのエルフは自分の足で立とうとしないって。
「お前らの大好きな“恵みの通貨”を生かしておくために、餌が要ることは当然わかっているよな?」
「……う、ああ」
「それじゃ、お互いに利益が一致してるわけだ。森と、お前らと、あたしたちで」
「いや、それは……」
「送ってやるよ。“始まりの樹”までな」
伸ばしかけたあたしの手を慌てて振り払うと、彼らは苦々しげにブツブツ言いながら引き上げていった。




