終わりと始まり
徒労感てものに形があるとしたら。きっと、こんなんだろうなと思う。
何者なのかも何がしたかったのかもイマイチわからなかったイハエルの正体が判明する。すべてが終わった後で。思ってもみなかったひとからの情報によって。
「ああ、あの“妾腹の王子”か」
物資集積所を訪れたヤダルさんは、妙な狐獣人イハエルの名前を聞いてすぐにいった。
表情は平坦。敵意も悪意もないが好意もない。かといって興味や関心までないわけではない。そんなとこか。
「それは、事実なの?」
ミュニオの疑問に、虎姐さんは小さく肩を竦める。
「さあ。少なくとも本人は、そう信じてたな。あたしが半殺しにしても抂げなかった」
たとえ妄想だとしても、ありゃホンモノだろ、なんてヤダルさんは笑う。
少なくともイハエル本人のなかでは事実、あいつは王家の血を引く者として動いてたってわけだ。
正統後継者であるミュニオを殺せばミキマフもしくは自分に王位が回ってくると思ったのか、それとも王座を捨てソルベシア王国の復権を拒絶した義姉に反旗を翻したか。
どちらにしても、終わったことだ。目の前に現れる敵意を潰していくうちに、あたしたちは行き着くとこまで来てしまった。
こっから、どうするかだよな。
ミスネルさんたちの攻撃でミキマフが焼き払われてから、数日。偽王派の残党狩りと生存圏拡大のため、ひとや物資の移動が始まっていた。ヤダルさんは隠れ家から移動する護衛としてあちこちを行き来することになる。物資集積所に立ち寄ったのは、情報交換と燃料補給だそうな。
乗ってきたのは……あたしが置いてきた、なんだかいうアメリカ製の巨大なバン。サバーバンだったか。燃料はディーゼルじゃなくてガソリンだけど、ふつうに在庫はあるようで手押し式のポンプで給油していた。すごいな魔王。
あたしたちは倉庫の隅にあったテーブルを借りて、武器の手入れをしているところだ。ヤダルさん、カービン銃と自動式散弾銃は初めて見るけど、リボルバーは知っていた。北大陸で魔王妃が使っていたらしい。
「イハエルは狐獣人の母親と、エルフのミキマフの間にできた、混血なの?」
「っていう設定なんだろ。知らんけど」
いや、設定って。ハナから信じる気ゼロじゃん。
ヤダルさんの投げやり意見を聞いて、ジュニパーは首を傾げる。
「自称王子……? そういうヤツって、他にもいるのかな?」
「ああ。ミキマフ自体が自称の王だろ。その御落胤を名乗ってた奴はけっこう多いぞ。辺境の小悪党から裏町の元締めまでな」
贋作の贋作だから、誰も真贋を深く追求しない。大陸北部には結構いろんな追加設定込みで何十人もの王子様がバラ撒かれているのだそうな。
人狼村の前で殺したのも、そのひとりなのかもな。王子の大安売りだ。
ふとジュニパーに目をやると、ニッと笑顔で頷かれた。アカスキー王子のは違うからな。“お仲間いっぱいだねー”みたいな顔すんな!
「なかには偽王より年上の王子までいてなあ……」
「え、なにそれ、意味わからん」
「だろ? 貴族の養子縁組がどうのって、力説してたな。理屈はともかく、見た目はホンモノっぽかったぞ」
「ウソって案外デカく吹いた方が騙しやすいっていうからね。難しい話は聞き流しちゃうみたいだし」
「なるほどな〜、そんなもんか〜」
聞き流しちゃう派の筆頭であるヤダルさんは、あたしの指摘まであっさりと聞き流す。
「その偽王子たち、ミキマフが消えた後どうすんだろうね?」
「さあ。その中年王子は、殺されたらしいがな」
待てジュニパー、アンタなんで詐欺師の将来を心配してんだ。対するヤダルさんは珍しく穏やかな顔であたしたちを見る。ようやく見付けたみたいな顔だ。
自分のいるべき場所と、自分のやるべきことを。
「国ってのは王がいる間は、それが偽物だろうとお飾りだろうと、一定の秩序が保たれてるもんだ。ソルベシアは偽王が死に、真王は玉座を捨てた。その事実が広まっていくと、物陰で息を潜めていたネズミや虫けらどもが一斉に動き出す」
黒い刀を研いでいたヤダルさんが、それをテーブルに置いて満足げに笑う。
「知ってるか? 本当の戦いはな、こっからだ」




