ライドオンファイア
四つん這いで踏み出した傀儡の足元で、爆発が起きる。巨体を吹き飛ばすほどの勢いで、真っ赤な炎が吹き上がった。あれは前にも見た。ナパーム弾だ。
でもオーウェさんの投下攻撃で、それは効かないか効いても致命傷には至らないとわかっている。生木で形成された傀儡の身体を、完全燃焼させられるものではないのかもしれない。
回復をもたらす“恵みの通貨”から引き離されたいまなら、チャンスもある。……はず。
期待を込めた目で見ているあたしは、ふとジュニパーとミュニオが別の方向を見ていることに気付く。ミキマフではなく、攻撃しているミスネルさんのお仲間たち。あたしには、何を気にしているのかはわからない。
「発射!」
ビオーさんの号令で、六基の迫撃砲から砲弾が次々に打ち上げられてゆく。山なりの軌道を描いて飛んで行ったそれは傀儡ミキマフに当たって火花のような白い光を撒き散らす。
「うぉッ⁉︎」
その勢いは、百メートル以上離れているあたしたちが思わず仰け反るほどだ。燃え広がった炎は瞬く間に緑の巨人を包んで煙を上げた。
ミキマフは暴れながら火を消そうとしてるけど、転がっても鎮火しないどころか更に激しく燃え上がる。凄まじい火勢で焼け焦げてゆく姿は、生身の人間ほどではないにせよ見ていて痛々しい。
「……あれは、なに?」
「白燐焼夷弾。もとの砲弾は、煙を出すためのものだったけど。ケースマイアンの技術陣が、いざというときのために改良したの」
改良、なんだろうけどな。兵器としては。しっかし、エグいな。
「ミスネルさん、忙しいところにごめんね。ここには何人いるかわかる?」
「え?」
テラスから室内に踏み込んだジュニパーが、ごく小さな声で尋ねる。
怪訝な顔で見返してきたミスネルさんは、彼女の真剣な表情を見てすぐに答えを出した。
「物資集積所の常駐は獣人九、エルフ六、ドワーフ五。加えて、わたしとビオー」
「……二十、二?」
「そう。あなたたちを入れて二十五」
小さく頷いたジュニパーはミスネルさんの胸倉をつかんでテラスに引き摺り出すと、笑顔で歩いてきたエルフの女性を思い切り蹴り飛ばした。
「なッ⁉︎」
十メートル近く吹っ飛ばされた女性は室内の壁にぶつかって動かなくなる。エルフの体力は人間より優れているはずだが、そんなもの水棲馬の脚力で蹴られて無事なわけがない。どこぞの敵みたく壁のシミにならなかっただけ手加減しているのかもしれない、が。
「な、何してんだ、ジュニパー⁉︎」
「しッ」
ジュニパーを止めようとしたあたしは、そこでミュニオのまとう異常な気配に気付いた。背負っていたカービン銃を構えて、レバーを引く。いつの間にやらジュニパーも大型リボルバーを抜いて倒れた女性に向けていた。
「二十六人、いるの」
テラスから外に目をやると、もがきながら灰になってゆく傀儡ミキマフの姿が見えた。ここは、あたしたちの問題みたいだ。ミスネルさんには、身振りで離れていてもらう。
ひと足遅れて、あたしも収納から出した自動式散弾銃を構える。相手が何者かは、知らんけど……
いや、違うな。あたしは知ってる。消去法でいえば、他に選択肢はない。
「どういうつもりだ、イハエル」
呻きながら起き上がろうとした女性は、青白い魔力光を煌めかせながら胡散臭い表情の優男に変わった。
「……甘っちょろい愚物かと思えば、……さすがケダモノ。……鼻だけは、効くようだ」
「混血の狐獣人がいうな!」
膝を狙ったショットガンの初弾は直前に飛び退かれ、追撃は不規則な軌道で躱されてしまう。
室内にいたデポの仲間たちは遠巻きにしているが、みな手持ちの武器は腰の短剣程度だ。勝てるかどうかはともかく、流れ弾での巻き添えだけは避けたい。
「みんな! いったん外に出て! こいつは、あたしたちが殺す!」
イハエルの姿が朧げに揺らいで、哀れみを感じさせる子供のものに変わった。最初に会った、子狐のものだ。
つまりは、あのときから偽装していたんだろう。目的は……考えるまでもない。
「こ、殺す? なんで、そんな! ひどい……!」
小さな身体で顔を歪め、ポロポロと涙をこぼす姿は、素性を知らない身では油断しそうになるほど真に迫っていた。
それでも、もう罪悪感は湧かない。嫌悪感だけだ。
「ぼくは、ただ助けて、ほしいだけ……」
ジュニパーの38口径が六発、子狐の胴体に突き刺さり、仰け反った頭を散弾が吹き飛ばす。血飛沫が壁に広がった瞬間、ミュニオが部屋の隅にマーリンの銃口を向ける。
素早くレバーを操作して二発、誰もいなかったはずの場所で血が飛び散った。
「あッ、あああああぁッ⁉︎」
イハエルが大人の姿で転がり、ひしゃげた両膝を抱え込んで泣き喚き始めた。
振り返ると、あたしとジュニパーが殺したはずの死体は消えていた。壁には撃ち込まれた弾痕だけで、血の跡もない。
「あれ、幻術だね。見るのは初めてだけど、狐の獣人が好んで使うって、聞いたことはある」
ジュニパーが、リボルバーに弾薬を装填しながら解説してくれた。あたしもショットガンに散弾を送り込みながら、周囲を警戒する。森で自分だけ逃げたのを見る限り、他に仲間がいるとは思えなかったが。
「どこまで嘘だったのかな。もしかして、最初から全部?」
ジュニパーの疑問に答えるものはない。両膝を押さえたまま動かないイハエルは、どうやら治癒魔法を掛けているようだ。目が泳いでいるところからして、脱出か逆襲の機会を窺っているのだろう。
「いや……この手のクズは、もう少し手の込んだことをするぞ。信憑性を高めるために、事実を基にして嘘を混ぜる」
あのとき聞いた話のどこからどこまでが嘘かは知らんけどな。
“神木のお告げ”、“真王を玉座に迎える巫覡”、“ソルベシア内部の派閥闘争”、そしてミュニオの両親の情報も。どれが事実で、どの程度まで真実なのかは知らない。正直、特に興味もない。
ミキマフへの不信を語っていたこいつが現れた直後、おかしな待ち伏せを受けた。不自然に練度の高い魔導師の襲撃部隊。
「思えばあのときから、疑ってかかるべきだったんだろうな」
こいつのいう通りだ。あたしたちは甘い。
膝に当てた手ごと、左右とも散弾で吹き飛ばす。後は、しゃべらす必要があるのかどうかだ。あたしの直感は、もう始末するべきだと警報を鳴らしていた。
「あああああぁッ! 殺すッ! 絶対に、殺してやるッ!」
「だったら、殺される覚悟くらいあんだろ?」
血と肉片と悲鳴を振り撒き、転げ回るイハエルの袖で小さな光が見えた。あたしの目の前に突き出されたジュニパーの手が、その光を捕らえて止まる。
こちらが動くより早く、ミュニオがマーリンで額を撃ち抜いた。マグナム弾を喰らった頭はスイカのように弾け飛ぶ。
「……毒まで使うんだね」
ジュニパーの指が細い針をつまんでいるのを見て、下衆を生かしておく意味などなかったのだと悟る。それも死にかけて、ようやく。
そうだ。あたしは底抜けに甘い。
「ごめん」
ミュニオとジュニパーが、あたしを振り返って笑う。
「いっしょだから、大丈夫なの」
「そうだよ。勝つときも、負けるときも。誰かが油断したときもね?」