王子と王子の一騎討ち
あたしは自動式散弾銃を抱えて水棲馬形態のジュニパーに跨がる。
車に残った子供たちはミュニオに任せた。カービン銃の357マグナムと攻撃魔法で武装した姐さんに掛かれば、生身のエルフなど何人いようと敵ではない。
こちらの勝ち目は、正直わからん。
エルフの騎兵は金属甲冑を身に着け、小楯と大剣を構えている。かなりの重量があるだろうに、泥沼の道を突進してくる動きは、それを感じさせない。
本人も馬もうっすらと青白い光を引いているから、なにか魔力による嵩上げがされているんだろう。たぶん厄介な相手だ。
「ジュニパー!」
「うん!」
ぐんと加速したジュニパーが泥水の上をミズスマシのように駆け抜ける。突っ込んできたエルフ騎兵を右に回避したのはショットガンの射界を確保するためだ。
すれ違いざま八発の鹿用大粒散弾を叩き込むが、初弾は不規則機動で躱され、追撃は小楯と魔導防壁で弾かれた。馬が嫌がった声を上げるけれども、被弾した様子はない。
「ああクソッ!」
すげぇなオイ、散弾をここまで弾くか。
「シェーナ、あいつ、ただの兵士じゃないよ!」
「そうみたいだな。何者かは知らんけど」
ショットガンに散弾実包を装填する間、ジュニパーは騎兵との距離を保ったまま、道幅いっぱいを使って旋回する。
出方を窺っているのは向こうも同じだ。ひと当たりしてこちらの脅威を理解したらしく、もう不用意に突っ込んではこない。
「よし、いいぞ」
今度は八発全部が熊用一発玉だ。どこまで弾けるか見せてもらおうじゃねえか。
「待って、あいつなんか言ってる」
「何者だ、貴様!」
勝手に襲い掛かってきといて何者もクソもあるかっつうの。知りたきゃまずテメエから名乗れや。
『我が名は、迷える魂の守護神、魔人の王子シェーナン・アカスキー!』
「ちょッ」
『偽王ミキマフに与する下郎ども! 我が愛馬ジュニパレオスとともに、いまこそ正義の鉄槌を下すッ!』
だからジュニパーその逆腹話術やめて!
なんだその無駄イケボ! あたしの声にムッチャ似てるのがハラ立つわ!
それを聞いたエルフ騎兵は馬の足を止め、大剣を構えてこちらを睨みつけてきた。
「無礼な! 半獣と馴れ合うゴミの分際で! 王子を僭称するか!」
「……あ?」
「なるほどね。シェーナ、いまのでわかったよ。きっと、あいつも王子なんだ」
「もっていうな」
とはいえ、だとしたら装備と馬がハンパない性能なのは納得できる。
偽王ミキマフの息子か、養子か、なんか後継者としての位置にいるんだろう。そんなのが獣人村の人狩りに、それも護衛が六人とかで来てる時点で地位や立場はお察しだ。
「ジュニパー、ランクルに流れ弾が飛ばないようにしたい」
馬を殺すなら簡単なんだけど、ミュニオもジュニパーも可能な限り避けたいようだし。
となれば仰角気味で撃つことになる。それだと方角次第で二、三百先にいるミュニオたちのところに降り注ぎかねないのだ。
「任せて。そんなの簡単だよ」
泥濘も凹凸も構わず高速で旋回したジュニパーは、車に背を向ける位置で足を止めた。
それは確かに流れ弾は行かないけれどもさ。自分の長所である機動性も俊敏性も迷わず捨てるあたり、発想が脳筋である。そして、あたしを信頼してくれているということでもあるのだろう。
懐収納から出した大型リボルバーの装填を確認してズボンの前に突っ込む。散弾が切れたら、こいつで357マグナムを八発ブチ込んでやる。
『さあ、どこからでも掛かってくるが良い、お飾りの名ばかり王子よ!』
「なにッ⁉︎」
『真の王子が! 王威というものを、教えてくれよう!』
ほう。ジュニパーにしては珍しく頭脳戦を織り込んできた。
エルフ騎兵が自称か仮称か、もし王子なんだとしても、その地位か評価かその両方かは明らかに低い。鬱屈した不満やコンプレックスを刺激するには最適だ。
しかも。その煽りに喰いつくとしたら、まず馬鹿正直に突っ込んでくるだろうしな。
「うぉおおおおおぉ……ッ!」
「……チョロい」
「ね♪」
真正面から向かってくる騎兵王子を見て、ジュニパーは射界確保のために首を下げてくれた。
あたしはショットガンを肩付けして狙いを定める。馬の頭より上に露出している上半身。さっき大粒散弾は弾かれているから、どこまで通用するかは不明だ。
やれるだけ、やってやるさ。
「喰らえッ、けだものがァッ!」
エルフ王子が振りかぶった大剣で青白い炎が渦を巻く。
「おい、あれ攻撃魔法……⁉︎」
「大丈夫! シェーナ、そのままッ!」
微動だにしないジュニパーの背で、あたしは息を吐く。ぐんぐん迫る甲冑を狙って八発のスラッグ弾を発射。
弾いているのか抗っているのか、細かい魔力光が激しく飛び散って視界を塞ぐ。目の前まで来た馬の顔がわずかに見えた。そのまま右脇を通過するようだ。という、ことは……
「シェーナ、頭下げてッ!」
ジュニパーの叫びに反応したあたしが彼女の背に伏せたところで、ブワッと銀の光が頭上を薙ぎ払って通り抜けた。いくらか髪の毛を持ってかれたのがわかった。
あたしは身を捩って振り返りながらリボルバーを引っ張り出す。
「あああぁッ!」
「おおおおおぉォッ!」
交差した馬体の上に、王子エルフが見えた。スラッグ弾を防ぎ切った魔導防壁も限界に達したのだろう。青白い光はバラバラと剥離して甲冑や馬体から零れ落ちている。
あちこち凹み歪んだ兜の隙間から怒りと憎しみに満ちた目が覗いていた。
ドゴンッ!
兜に突き刺さった357マグナム弾が、エルフ王子の頭を跳ね上げる。身体が泳いで落馬しかけたが、それでも右手は大剣を振り上げようとしていた。
ドゴゴン、ドゴンッ!
こちらに向きかけた剣がマグナム弾を弾き、軌道が逸れて跳弾が四方に飛び散る。あたしが銃口を向けている先にはランドクルーザーがある。
迷いかけたあたしの耳に、ミュニオの声が届く。
「シェーナ、撃ってーッ!」
「ありがとよ、ミュニオ」
残るは四発。もう魔導防壁は機能していないのか、一発ごとに王子の甲冑が甲高い金属音を立てる。
胸甲と胴が凹んで血飛沫が上がる。籠手がクシャリと歪んで剣を取り落とす。面頬が弾けて顔が露出する。呪詛か詠唱か、何かを叫ぼうと口が開かれた。
被弾した兜が額にめり込む。王子は目玉が半ば飛び出した驚愕の表情で馬から転げ落ちた。




