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泥濘と澱

「おおう……」


 ルイナに指示された細い道に入ると、あたしは減速してギアをひとつ落とした。

 歩きならともかく、車で通るとしたら“少し”じゃない悪路だ。先に進むごとに森が深くなって、路面が水気を含んでぬかるみ始める。ルイナによれば、この泥んこ状態を十六キロ(十哩)ほど進むそうだ。

 かなりアクセルを吹かしていかないと、車体は簡単に埋まりそう。前にジュニパーが用途を読み解いてくれたトランスファーレバー(ナゾのレバー)も“4L”のところに入れる。これ、かなり音が出るな。


「ミュニオ、ジュニパー。村を襲った連中が、まだ残ってるとしたら」

「わかってる。音でぼくらの接近が気付かれるんだよね」


 近付いたら降りて歩くことも考慮に入れて、ふたりの意見を聞く。


「むしろ相手が動いてくれた方が、対処がしやすいと思うの」

「ぼくも同感。敵がまとまってくれたら、取りこぼしがないから楽だよ」


 さすがに反応が落ち着いてて、ふたりは頼りになるな。考え方が、どんどん脳筋になってきてるのは、少し気になるところだけど。


「よし。相手が動いたら迎撃、守りに入ったら、あたしとジュニパーが突っ込んで掻き回す。子供たちは車に残して、ミュニオに守ってもらう」

「うん」

「わかったの」


 ルイナと子供たちは不安半分ではあるけれども、こちらの余裕っぷりを見て動じる様子はない。小さい子を撫でながらお互いに励まし合っている。


「村を襲った連中、住民に危害を加えたのか? それとも、どこかに連れ出したのか?」

「村の戦士は、殺された。……けど、その後は、わからない。逃げろって、いわれたから」


 子供たちに聞かせたくないのか、あたしの耳元に口を寄せてルイナが囁く。泣きそうな顔をしているが、目には強い光があった。

 たぶん、逃げたくはなかったんだろう。彼女は人狼でも稀有な魔導師適性を持っている。残れば戦闘なり支援なりで、力にはなれたはずなのだ。

 でも小さい子たちを託されたから、従うしかなかった。頭では理解していても、彼女は逃げた自分を悔いてる。


「そっか。辛いこと思い出させて悪いな。でも生きてるようなら、仲間は必ず取り返すからな」

「……あ、……ありがと」


 なんで助けてくれるんだ、って顔してるけどな。そんなの訊かれても困る。半分くらいは、ミュニオの故郷を偽王から取り戻すためだ。でも、もう半分は。

 きっと、そうする必要があるからなんだろう。自分たちのなかにある、暗い空洞を埋めるために。


◇ ◇


 路上の泥と水気は、進むごとにひどくなっていた。

 こんな道――と呼んで良いかわからない泥んこプール――馬車が通るのは完全に無理だな。

 その泥濘を掻き分けながら、ランドクルーザーは着実に前進し続ける。車体を船のように大揺れさせてはいるものの、止まったり埋まったり空回ったりする様子はない。


「すごい、この乗り物」

「「「すごーい♪」」」

「でしょ?」


 ルイナと子供たちの感想に、なぜか荷台のジュニパーさんが嬉しそう。まあランクルの維持管理と扱い方の試行錯誤は彼女が頑張ってくれてたからな。落ち着いたら感謝を込めて洗車しよう。


「シェーナ、そこ左奥に入ってくれる?」


 泥んこ混じりの凸凹道を小一時間ほど進んだところで、ジュニパーから指示があった。走ったのは行程の半分を超えたくらい。村までは距離にして五、六キロほどある。


「どうかしたか?」

「ヘンな感じがしたんだよ。ミュニオも?」

「そうなの。誰かに、見られてるみたいな」


 緩いカーブのアウト側にある草地に乗り入れて停車する。ミュニオとふたりで周囲の気配を探っているようなので、いったんエンジンを切った。

 なんでか助手席でも子供たちがソワソワし始めた。あたしには何も見えんし聞こえんのだけど。

 ジュニパーが荷台から降りて、カーブの先を見据える。わずかに蛇行した感じの道が数百メートルほど続いていたが、左右は森なので視界はあまり良くない。


「外、出て良い?」

「ジュニパーの近くならな」


 ルイナはドアを開けて車外に出た。護衛はジュニパーに任せる。まだ銃は抜いていないけど、彼女なら蹴りだけでエルフくらい瞬殺できるだろ。


「ちょ、待て! 危ないから、お前らは車内(なか)にいろ!」


 ワラワラ一緒に降りようとするチビたちを押さえていると、ジュニパーが遠くを見たままいった。


「敵じゃないね。あれ、たぶんルイナたちの知り合いだよ」


 子供らがキョロキョロ周囲に目をやりながら、何かに耳を傾けてる。もしかして遠吠えか? 犬笛みたいに、人間には聞こえない音域で通信してるとか?

 いや、違うな。犬笛は犬が聞き取れるってだけで、犬自身が発する音じゃなかったはず。


「「におい」」

「うん」


 おう、音じゃなく匂いでしたか。


「「はーしぇる」」

「……そうね」


 なんにせよ、ルイナと子供たちは、近付いてくるのが知り合いだと納得したようだ。

 ルイナと何か話していたジュニパーも、いったんは荷台に戻った。


「人狼が来るよ。こちらを警戒してるみたい」

「さっき、この子たちハーシェルとか呼んでたな」

「「おさの、こども」」


 未来の村長か。でも子供らの声と表情からは、そいつとの再会が嬉しくないような印象を受けた。


「なあ、お前ら……そのハーシェルって奴、嫌いなのか?」

「きらい」

「るいな、おこるの」

「すぐ、たたく」

「いばるし」

「すぐズルする」


 ボロクソだな。

 そんなのが近付いてくるのに、仲間だと思って良いのかな? むしろわかりやすい敵よりも警戒しなくちゃいけない気がするんだけど。

 あたしは荷台のミュニオとジュニパーを振り返る。ふたりは静かに見ているだけだ。


「さっき、ルイナちゃんからお願いされたんだ。ひとりで行かせてって」

「……え?」

「大丈夫なの。何かあったら、ちゃんと助けるの」


 車の前で仁王立ちしているルイナの身体から、ユラッと仄かな光が立ち昇る。それが体内循環させた魔力光なんだと考えに至ったとき、茂みから凄まじい勢いで何かが飛び出してきた。

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