上陸する災厄
更新間隔が開き気味ですが、できるだけ進めたいと思ってます。
ふと思い出して振り返ると、砲艦は横倒しになっていた。生き延びた水兵たちが樽や木片につかまって浮かんでいる。それに対して攻撃をする気はないけれども、助けてやる義理もない。
三隻残っていたはずの小型船が見当たらない。
「一隻は、あそこなの」
ミュニオの指す方を見ると、湾の出口付近で沈みかけてる船がある。外洋に逃げようとして重機関銃の流れ弾でも喰らったのか?
少し手前で帆桁の先だけ見えてるのが、最初に沈めた船だろう。残った小型船は、どこ行った。
「あと二隻は、湾外に逃げてったよ。ぼくらは取り込み中だったから、放っておいたけど」
「いや、いいよ。向かって来ないなら好きにすりゃいい」
あたしたちは砲艦の残骸を大きく迂回して、港に向かう。軍港側ではなく、漁船や商船が停泊中の民間港の方だ。軍港は岸壁近くから城壁で囲われていて兵力が読めない。倒すべきは偽王だから、陥落させる必要もない。
「住民が敵対してくる様子は?」
「ないの。あんまり怖がってる感じもないの。湾内での戦闘は見てるはずなのに……」
あたしとミュニオは接岸する右舷側に立ち、岸壁の動きを警戒しながら操舵室のジュニパーと話す。
港や船上のあちこちに漁師や商人と思われるひとたちは見えているが、遠巻きに眺めているだけで特に敵意も感じられない。あえていえば、ただ珍しいものを見るような表情だった。
「あたしたちが先に行く。ジュニパーはちょっと待って」
「わかった」
ジュニパーの操船でパトロールボートを岸壁に着けると、まずあたしが飛び移った。すぐにミュニオが続く。
目につく限り港には民間人しかいない。こちらにさほどの関心も示さないし、近付いてきたりもしない。
「良いぞ、ジュニパー。子供たちを連れて上がって」
「任せて」
岸壁近くにランドクルーザーを出して、ミュニオに荷台で周囲の警戒を行ってもらう。
すぐにジュニパーが両手に子供たちを抱えて、港に上がってきた。
「そのままクルマ乗せちゃって。ちょっと狭いけど、ルイナも一緒に助手席だ。彼女には道案内をしてもらおう」
「運転は、シェーナで大丈夫?」
「そだな。ジュニパーはミュニオと荷台で援護を頼みたい」
「うん」
最後にパトロールボートを収納する。入らんかったら置いてくしかないと思ったけれども、なんとかなった。
「ああ、ミュニオ。重機関銃を下ろしてランクルの機関銃架に据え付けた方が良かったか?」
「陸にいる生き物なら、“まーりん”で対処できるの」
「ぼくの“れっどほーく”もあるしね♪」
さいですか。まあ、たしかに帆船を沈めるとかじゃなければ、手持ちの銃で事足りるな。
あたしはランクルのエンジンを始動して、ゆっくりと発進させた。できるだけ細い路地や人通りの多い場所を避けて、埠頭から街の外に抜けるルートだ。ナビゲーターはルイナがやってくれた。
「ルイナは、この街に来たことあるのか?」
「うん。村の、作物を売りに」
そのときは重い荷物を担いで、半日ほど歩いてきたそうだ。人狼の体力は知らないから概算だけど、たぶん車なら一、二時間の距離だろう。
「埠頭の突き当たりを、左。そこから、街になる」
村への道行きより前に、最初の難関は街を出ることだ。案外道が狭くてひとや荷物が多く、好奇心なのか無関心なのか車が来てもなかなか避けてくれない。
クラクション鳴らしても知らんと意味なさそうだし、お互い不快なだけだろうとやめておく。
◇ ◇
「ごめんなー、おっちゃん少し荷物寄せてくれるか〜?」
「ありがと。悪いな」
「なあ姐さん、街の外に出るのは、この道でいいのかな?」
「ありがと、ちょっと通るよ」
「うわ、車に小便かかったぞ、アホ犬!」
「いや、要らん。いや値段の問題じゃねえ。旅の途中なのは見りゃわかんだろ、あたしが絨毯買ってどうすんだよ」
「ああ、煙草? 吸わないから要らない。天国が見える……違法薬物じゃねえか! 要るかそんなもん!」
「お、どうした婆ちゃん。家は? 西側の門の近く? そこまで送るから乗ってって」
「なんだ、おいジロジロ見やが……やめろ、押すな。舐めるな! 噛むな! おーい、この馬の飼い主どこだよ!」
「へえ、干した果物? いくら? ……あ、美味い。そんじゃ、その小樽でふたつ」
「へえ、“通行料”ね。良いよ。何発欲しい?」
「おお、みんな見ろ右側、海が見えるぞ。すげえ綺麗だな……」
「これか? これは……あれだ。魔道具だ。……魔王? いや噂でしか知らん」
「姐さん、その焼いてるやつ、八……じゃなくて十二個くれる?」
「……あれ、行き止まり?」
「うん。わかるけど、違うぞ坊主。あたしは手を振ったんじゃねえ、どけてくれってジェスチャーだ。振り返さんで良いからどいてくれ」
「西側の門って、あれ?」
「おお婆ちゃん、元気でな。これお土産、娘さんたちと食べてよ」
◇ ◇
ソルベシアの商都があったって聞いたけど、いまでもかなり大きな商都だ。人混みのなかを抜けるまでに強制的な会話イベントが発生して、この街の事情も多少は窺い知れた。
「商人と住人は、ほとんどがエルフなのな」
「そうだね。ぼくの見た感じ、七割くらいがエルフかな」
エルフ商人のなかに職人ぽいドワーフが混じっていて、力仕事をしている屈強な獣人の姿もあった。それも適材適所なだけだろう。少数派とはいえ、ドワーフや獣人が虐げられてる様子もない。
荷台のルイナたち人狼や、運転席のあたしを見ても、特に悪意的なリアクションはなかった。
「兵隊だけ、だよね」
ルイナたちに気を遣って濁したんだろうけど。ジュニパーのいいたいことは、わかる。ルイナたちの村を襲った兵たちが、そしてそれを命じた奴がクズだっただけだよねと。
「そうだと良いな」
襲われた理由が、“人狼だから”でなければ良いなとも思う。たとえ差別主義者だとしても、できれば民間人に銃なんて向けたくない。
ようやく港町から外に出ると、馬車が行き来する固められた道があった。ルイナの指示に従って、西に向かって進む。見通しの良い平坦な路面になったので、少しだけ速度を上げた。
助手席の子供たちは流れ過ぎる風景に驚き、オウオウと遠吠えのような歓声を上げる。可愛い。
「そこの、丘の手前。木立の間に、細い道があるの。そこから先は、少し荒れてるけど」
しばらく走ったところで、ルイナが道の先を指差した。




