漂流するものたち
船倉――というか船底――に詰め込まれていたひとたちは思ったより多く、全部で二十四人。見た感じ半分くらいが十代で、あとは二十代と三十代か。
とはいえエルフなので実年齢はもっとずっと高いんだろう。
「アンタたちは、どこのひと?」
あたしの質問に、解放したエルフたちは揃って身構える。こっちが人間だからか、正体不明の武器を持っているからか、上から下まで珍妙な赤づくめだからかは知らん。
早いとこ脱出したいのに、固まってもらっちゃ話が進まない。
「マーイヘン村のタファって坊主に、助けてくれって泣き付かれてさ。関門と港湾要塞で目についたエルフは解放したつもりだけど、アンタたち以外にも捕まってるのはいるのか?」
「……」
「しゃべりたくないか。まあ、いいや、どうでも。岸までは送ってやる。後は好きにしろよ」
ジュニパーと相談して一階層上に行き、船の外壁を蹴破ってもらった。
手に入れたばかりの高速警備艇は、まだ近くに浮かんでいた。見たところ床の高さは、ボートのデッキより、少し高いくらい。
「いい感じだな。これなら飛び降りられそうだ」
「じゃあ、ぼく船を取ってくるね?」
ひょいと飛び降りたジュニパーは水棲馬形態に変わって水面を駆ける。すぐにボートを動かすと、器用に操りながら船を横付けしてきた。
「おーいミュニオ! みんな連れてきてくれ!」
船底に声を掛けた瞬間、ざわめくような気配があった。
これは、やっちまったか。あたし、あのエルフたちにミュニオを紹介してないわ。あいつらが“ソルベシア真王”に対してどういう感情を抱いているか確認していないのに。
「ジュニパー、そのまま待機!」
念のためショットガンを用意して階下に降りる。いまのミュニオが本気になれば、野良エルフの十や二十は敵じゃないとは思うけれども。
「待てお前ら……って、うぉい!」
これは、どうなってる。
あたしの予想に反して、船底のエルフたちは全員がミュニオに平伏していた。
「……やめて」
フル土下座の二十四人を前に、チビエルフは困惑の表情だった。怖れられたり敵対されたりは想定していたが、こういう反応はあんまなかったな。
ずいぶん前に、なんだかいう狐獣人の小坊主が平伏してたが。あいつは、王を迎える巫女なんだっけか。今どうしてるのかは知らんけどな。
「そんじゃ、船を乗り替えるぞ。岸までは送ってやる。その後は好きにしろ」
あたしが上層に行くよう促すと、エルフたちが顔を上げてミュニオを見た。
ひとりが頭を下げると、全員がそれに倣う。
「……ここにいるエルフは、絶対信奉者。代々王に仕えてきた忠臣の末裔です。高い魔力を持ち、真なる王に絶対の忠誠を誓う者。必ずや陛下を支え、陛下とともに森を……」
「だめ」
ミュニオは硬い表情で首を振る。エルフたちは平伏したまま顔を上げない。
「わたしたちは、偽王を殺す。ソルベシアを取り戻して、楽園を解放する」
「でしたら!」
「そして、あなたたちに渡す。王座には就かない。登極の意思はない。……きっと、その資格も」
期待と決意に満ちた二十四の顔が、その言葉に歪む。
ミュニオは感情を押し殺したまま、彼らを見ているだけだ。彼女には、もう迷いはない。赤の他人の感情に流されたりしない。
あたしは、祈るような姿勢のエルフたちを見る。いままでも、そうやってきたんだろう。
そうやって、未来や責任を他人に背負わせて。自分では、何もしないで。
「ほら、早くしろよ。船と一緒に漂流したいのか?」
あたしは目についた年長者をふたり、ひっつかんで上層まで連れ出す。グズグズいってるのを無視して壁の穴からパトロールボートのデッキに蹴り飛ばした。
落ちてきたエルフをキャッチして、ジュニパーは怪訝そうにあたしの背後を見る。
「シェーナ、残りは?」
「すぐ来る。来ないなら置いてく」
船底から上がってくる連中をパトロールボートに乗り移らせ、最後に残ったミュニオを迎える。浮かない顔だが、話は済んだのか落ち着いてはいる。
「あいつらだけ別扱いだったのは、魔力の高い生贄? それとも、真王の支援者を削ぐための妨害工作?」
「どちらもありえるけど、彼ら自身にはわからないの。知りたければ、ミキマフに訊くしかないの」
「ああ、そうだな。これまでのグダグダを考えれば、偽王本人だって理解できてるかどうかは怪しいもんだけど」
あたしが肩を竦めると、ミュニオは困った顔で笑った。
「そうなるのも、わかる気がするの。果たすべき目的と、求められる役割と、本当の自分と。いつの間に混じり合って、ときどき自分でもわからなくなるの」
両手を広げて、芝居がかった表情であたしを見る。
「わたしは、ミュニオ・ソルベシア。滅びた王家の血を引く者。命の森を贖う力、“恵みの通貨”を持ったソルベシアの真王」
笑いながらパトロールボートに向かい掛けた彼女が、ポソリと呟くのが聞こえた。
「……そして、この地に深緑の滅びをもたらす、出来損ないのエルフ」




