サイモンの意地
むかーし車田正美先生が「自分の作品はいつも主役が人気なくて、二番手三番手ばっかキャーキャーいわれる」みたいなことを嘆いておられましたが。
その気持ちが、ちょびっとだけ……いや、いいんですけど。
ちなみにマングスタ型パトロールボートはこんなのです。
https://www.youtube.com/watch?v=5Dh08dfGaMI
「ライフジャケットって……アニキ、そいつじゃダメなのか」
テオは船体後部に取り付けられたゴムボートを指す。それは後でシェーナたちが使うんじゃないのか。それ以前に、もし溺死を免れたとしても目的地へ到着できなければ俺たちに未来はない。
「やめとけ、オッサン。ほら」
舷側に寄り掛かったシェーナが後方を指す。あちこちでサイレンが鳴り始め、海上でライトが灯り出す。早くも動き出したのは、追撃用のボートだろう。
「動きが早いな。あたしたちの銃声を聞かれたか」
「いまさらだ、シェーナ。どのみち同じことだよ」
俺たちを監禁しておいて警備がえらく手薄なのも、それなりに高額なパトロールボートを無防備に係留していたのも、不可解だったが腑に落ちた。俺たちが捕まっていたのは、見たところ軍港の隅にある閉鎖区画だ。
逃避行どころか開始早々、袋の鼠ってわけだ。
「テオ、なんとか湾外に出て北西に向かえ!」
「わかった!」
ボートの出力が上がって、波の上を跳ねるように疾走し始める。こいつの最高速度は、たしか時速九十キロ超とかだ。開けた場所まで出れば引き離せる。少なくとも、ここいらの国に追いつける船はない。
「爺さん、武器はないか。あたしたちの銃は、硬いの相手には厳しいぞ」
「知ってる。ちょっとだけ待ってくれ」
キャビンの後方に銃架があって、口径12.7ミリのコード重機関銃が搭載されている。掛けられていた防水布を引き剥がしたものの、予想通りに弾帯は外されていた。そりゃそうか。
俺は船内に入って弾薬箱を探す。室内が嫌にスッキリしているが、装備を撤去したんじゃないだろうな。
この手の船には予備兵装も備えられているはずだが、それらしいものもない。
「そこのゴツい銃は使えないのか。なんか、すげー威力がありそうだけど」
「DP-64はグレネードランチャーだが、残念ながら敵ダイバー掃討用だ。……おお、あったぞ」
演台の陰になってて発見が遅れた。12.7x108mmの五十発箱入り弾薬が七つ。
「これなら敵に届くぞ、シェーナ。ミュニオも、いま装填と射撃を覚えてくれ。すぐに君たちが使うことになるんだからな」
「それは、いいけど。あんたたちは」
「どうにかするさ。外洋に出たら後部の膨張式救命筏を、ひとつもらえれば……」
「爺さん」
汗だくで青褪めた顔の少女が、紅い眼を光らせてこちらを見る。
「“ここで自分が捨て駒に”、てのはナシだ」
「……異世界で読心術でも身に付けたかね? それとも、魔法の力で」
「うるせえ。アンタがいったんだぞ。“片方だけ得すんのは二流、損を分け合うのは三流以下だ”ってな。偉そうに吹いた能書きだろ。だったら商人として、最後まで足掻け」
シェーナと、最初に会ったときのことか。もう遥か昔のことのように思える。
「このままでは、君の負担が大き過ぎる」
「笑わすな。だったら生き延びる算段でも考えろ。これからも燃料の補給は必要になるだろうしな。簡単に死なれちゃ困るんだよ。ジジイの命で購った船なんて、後味悪くて使えるかよ」
口は悪いが、こちらへの気遣いが感じられた。せいぜい彼女の思いに報いるとしよう。
「では、ふたりとも手を貸してくれ。そこの弾薬箱を、この機銃に装着したい」
手早く重機関銃の装填と射撃を教えると、シェーナとミュニオは頷いてすぐに戦闘態勢に入る。
俺の目に入る敵はいなかったが、恐るべき視力と射撃能力を持ったミュニオは射程ギリギリの敵を――いや、明らかに射程外の敵まで――銃弾を送り込み無力化してゆく。
外洋に出る頃には背後で動いていたサーチライトは消え、追撃する船も見当たらなくなった。
「爺さん、目的地はどこだ。……いや、接触しようとしてるのは誰だ?」
なぜわかったのかと振り返った俺に、シェーナはニッと歯を剥いて笑う。
「その目だ。なんか企んでる目。アンタ、まだ生きるの諦めてねえだろ。ここじゃない、どっかを見てる」
意外な指摘に思わず戸惑う。とうに死ぬ覚悟は出来てる気でいたが、傍から見ると違うらしい。世慣れたつもりでいて俺も案外、底が浅い。
「こうなったら、なりふり構わず生き恥をさらすのも老害の意地か」
「いいね、爺さん。アンタ……良い顔してるぜ」
ミュニオが何かいって、シェーナが懐から赤い球を取り出す。それはシェーナの手のなかで光を放って、彼女は少しだけ安堵したように息を吐く。
「大丈夫か?」
「ああ。少し、楽になった」
赤い球は、有翼族という……鳥に似たセリアンスロープにもらった魔珠だそうだ。
以前シェーナから娘たちに贈られたな。あれは、たしか冥府穴熊っていう魔物のものだったか。そのとき、魔力が篭った石みたいなものだと聞いた。異世界では、魔力の予備電池みたいな使い方をするのか。
「シェーナ。この世界への接続が、どのくらい持つかは、わかるかね」
「いまのでひと息ついたけど、たぶん十分そこそこ。最大でも、十五分てとこだな」
「わかった。テオ、操縦をジュニパーに代われるか」
操舵室でなにか最後に伝えると、テオは操舵をジュニパーに任せてデッキに出てくる。
「あの嬢ちゃんなら、もう任して大丈夫だ。それでアニキ、こっからどうする?」
「北西方向上空に回光信号を送れ。三回ずつ、一分間隔。文面は……」
符牒を決めた相手を、俺は心のなかで罵る。
「――“聖者”」
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