水兵は死なず
目も眩む高さから落下してきたジュニパーはブワッと青白い光を振り撒いて静かに着地する。魔力なのか魔物の超能力なのか知らないけど、地面に激突するようなショックはなく音もしない。ただ周囲の兵たちは息を呑んで固まった。
どいつも日に焼けた赤黒い肌に薄汚れた麻の上下、その上にボロい革の胸当てを着けている。腰には反りの入った短剣や片手剣を下げ、兵士というより海賊といった方がしっくりくる。
「こいつらが、帝国海軍の残党か」
変な話だけど、みんな良い面構えをしてる。行く場所も帰る場所もないのを受け入れたのだろう。何が起きようと逃げる気もないし、臆することもないという顔だ。
「ジュニパー、シェーナ。お願い、わたしに任せて」
小さな声に頷くと、あたしはジュニパーの背から降りて従者ポジションに就く。
ジュニパーはジュニパーで、騎乗したミュニオができるだけ凛々しく見えるように足を止めスッと背を伸ばした。おう、役者だな。
「我が名は、ミュニオ・ソルベシア。滅びた王家の血を引く者。命の森を贖う力、“恵みの通貨”を持ったソルベシアの真王である!」
「「おおおおぉ……」」
ミュニオの名乗りに、低いどよめきが伝わる。それで水兵たちが行動を変えることはないという気はした。むしろ偽王ミキマフと同調を決めた彼らは、その言葉で戦意を露わにした。
「……機能特化エルフか」
水兵のひとりがボソッと呟く。豪傑のような老兵の顔に、初めて怯みのようなものが生まれた。何十年か前に起きたソルベシアの再生を目の当たりにした兵士か。
それでも退くことはなく、こちらを見据えたまま若い部下たちを怒鳴りつける。
「こいつの名乗りが本当なら、ここの森を作った化け物の同類だ。舐めて掛かると死ぬぞ、テメェら」
「「応ッ!」」
こちらに目をやったミュニオとジュニパーに、あたしは構わず行けと顎で示す。あいにく両手は装填で大忙しだ。残っていた鹿撃ち用大粒散弾は何人か混じってた重装備の敵に叩き込み、すかさず鳥撃ち用小粒散弾を込める。
「殺せ!」
「「おおおおぉ……ッ!」」
向かってくる敵の膝あたりを続け様に撃ち抜く。装填しては次の敵へ。確実に殺す必要はない。それよりも足を止めることを優先する。
ジュニパーは水棲馬の機動性を生かして高速移動しながら敵を跳ね上げては蹴り飛ばし、その間にミュニオは遠くでこちらを狙う魔導師や弓兵に357マグナム弾を叩き込む。
十数名の男たちを無力化したところで、ジュニパーの叫ぶ声が聞こえた。
「シェーナ、船が……!」
大型帆船が帆を開き、櫂で漕ぎながら岸を離れてゆく。そちらに向かおうにも、残る兵士たちがあたしたちの接近を阻止していた。
「くっそ、どけぇッ!」
おまけにこいつら、どっかから引っ張り出してきた金属製の楯を持って、ガッチリ陣形を組んでいる。小粒のバードショットでは切り崩せない。ダメージが通ってないわけじゃないのに。露出部分には被弾してるのにだ。
大粒のバックショットでひとりずつ倒す方法に切り替えた。
「もう少しだ、堪えろ!」
「「応ッ!」」
残った水兵は、被弾した前列が倒れても後続が支えて陣形を維持する。盾も陣形も自分たちの身を守るためではない。船を逃すための足止めに、命を捨てる覚悟が感じられた。
ミュニオの銃弾が最後の兵士たちの命を刈り取り、勇敢な男たちは全滅する。
「シェーナ!」
馬上のミュニオが差し出してきた手を取り、再びジュニパーに乗って駆け出す。埠頭に組まれたバリケードを馬体で跳ね飛ばし、ジュニパーは海面に向かって加速してゆく。
「つかまって!」
最高速度で大きく跳躍した水棲馬の足は水面を蹴り、さらに遠くへと踏み出す。波も立たず飛沫も上がらず、水面を滑るように凄まじい速度で進む。水切りの石にでもなった気分だが、問題はこの後どうなるのかだ。
沖に出ようとしていた船は二隻とも既に満帆に風を受けて沖へと加速し始めている。水切りケルピーは速度を上げて追撃してゆくけれども、大型帆船を止められる気はしない。
「ジュニパー、追い付けたとして、その後は⁉︎」
「もっちろん……飛び、乗るッ!」
全力疾走中のジュニパーが発する気迫がブワッと膨れ上がった。踏み出した足で水面を垂直に蹴り、激しい水飛沫が水平に弾ける。胃袋が鷲掴みにされたような不快感。
「……うそ……ん」
再び宙に舞ったスーパーケルピーの背にしがみついたまま、あたしは眼前に迫る大型帆船の甲板を見つめた。




