暴風
解放したソルベシアのひとたちを関門の西側に逃がし、タファと合流するまでを屋上からミュニオに支援してもらった。幸い全員が無事に合流を果たし、置いてきた武器と食料と水を手にして自分たちの村に戻っていった。
「さーて、こっからだな」
港湾要塞からの増援が彼らを追撃出来ないよう破壊した門の前に檻を積んで即席のバリケードにする。船や要塞に捕まってるひとたちも通過できなくなってしまうから、救出後は撤去を考えよう。
「シェーナの空間魔法、すごく便利なの」
「まあ、そうな。空間魔法なのかどうかは自分でもわからんけどな」
「ふたりとも、敵が来るよ」
あたしたちは屋上から、海側を見る。海自体はまだ視界に入っていないが、要塞のシルエットは森の奥に見える。少し高台になった場所に築かれた要塞までの距離は、一キロ前後か。そこから真っ直ぐ伸びる道を向かってくる騎兵集団が、あたしの目にもぼんやりした塊として見えていた。
「あれ、数はどのくらいだ?」
「短弓と魔術短杖装備の軽騎兵が二十。騎兵槍を持った重装騎兵が十二、あと装甲馬車が二輌」
「装甲馬車……それ、銃じゃ対処できないか」
「大丈夫なの」
ミュニオが二発、カービン銃を放つと静かに笑みを浮かべる。
さすがに357マグナムでも、装甲車みたいなものを壊すのには力不足だと思うんだけどな。
「御者は盾持ちの軽歩兵なの」
「え、盾は?」
「射抜いてるね。御者が転げ落ちて、馬は減速してる」
残るは騎兵だけか。魔導師が少し面倒だな。今後のこともあるからサイモン爺さんに追加装備を打診してみるか。あたしはふたりに迎撃を頼んで、少し離れた場所で爺さんを呼び出す。
「市場……ッ、とぉおぉッ⁉︎」
現れた目の前の景色がいきなり目まぐるしく振り回されて、あたしは思わずショットガンを抱えたまま硬直する。ガッタガタに転げ回っているのが疾走するピックアップトラックの荷台だと理解したものの、そこに転がされている演台を見て困惑する。
「な、なんじゃ、こりゃあぁ……⁉︎」
あたしが立っているのは関門の屋上であり、また暴走する車の荷台でもあるというおかしな状況。両者の視覚のズレが激し過ぎて、見てるだけで気持ち悪くなってくる。
「うぉえぇぇ……ッ!」
「おお、シェーナ! 元気そうで何よりだ!」
トラックの助手席から荷台を振り返った爺さんは、何でかご機嫌であたしに手を振る。
「全然、元気じゃねえ……って待て、待て待て待て、爺さんお前、何してんだ⁉︎」
あの演台、いつもは落ち着いた応接室みたいな室内に置かれてたはずだけど。なにがどうしてこうなった。つうか、車体でパチパチ跳ねてるのって、どっかから撃たれてんじゃねえのこれ⁉︎
爺さんは降り注ぐ銃弾を気にも留めず、トラックの助手席から腕を出して見たことない拳銃を乱射する。
「伏せろバカ! 危ねえって!」
「残念ながら、そうもいかん! あいにく、いまは取り込み中でな!」
一気に加速してトラックに並んできた車は、軍用の緑色したワゴンというかSUVというか。前に押し付けられたサバーバンに似た車のなかには、いかにもな黒服の男たちが乗っていた。ワケのわからん言葉で叫びながら、爺さんのトラック目掛けてライフルみたいのを乱射している。
「ああ、くそッ! 弾丸切れだ!」
しょうがねえな。向こうの世界の人間を殺せるのかどうかもわからんまま、あたしは男に向けて自動式散弾銃を叩き込む。鹿撃ち用大粒散弾を五、六発喰らわしたところで流れ弾が運転手を吹き飛ばしたらしく、道路から逸れた車が縁石で跳ね上がって路肩の信号機を薙ぎ倒しながら転がる。
「いいぞシェーナ、助かった! できれば、あいつも頼めるか!」
「ちょッ、あたしゃ状況がわかんねえ、……って、うぉぅ⁉︎」
爺さんの指差す方向を見ると、殺気立った男たちを満載した同じような緑のSUVがフル加速で迫ってきていた。屋根の上には機関銃みたいなのが載ってて、それがいまにもこちらに叩き込まれようとしている。
「畜生、そいつを寄越せっつうの!」
「いいぞシェーナ、それを試してみろ!」
機関銃を収納しようとしたが向こうの車の動きが激し過ぎ、距離が離れ過ぎてて上手くいかない。
向こうにこっちがどう見えてるか知らんけど、敵と判断したらしい機関銃の射手はあたし目掛けて銃弾を撃ち込んできた。
こっちの散弾が相手を殺せるなら、逆も可能ってことだろ。冗談じゃねえっつうの!
「ふッ、ざけんな!」
収納から掌に出した大粒の鹿用散弾を装填してすぐ連続で叩き込む。
四発目で機関銃がグルンと回転した。撃っていた男は頭が吹き飛んだらしく、ズルリと転げ落ちた車内から悲鳴と罵り声が響く。その隙に残弾を運転席に撃ち込むが、弾かれた。
「ああ、くそッ!」
「シェーナ! そのGAZ-2330は防弾ガラスだ! タイヤを狙ってくれ!」
「冗談いうな! あたしにそんな射撃技術はねえよ!」
荷台から見下ろしだと、向かってくる車の車輪なんてほとんど見えない。
爺さんの指示を無視して黒シェルの熊用の一発弾を八発装填し、全弾を運転席の窓目掛けて連射する。抜けはしなかったみたいだけど、蜘蛛の巣状に入ったヒビで視界を塞がれた後続車両は無理やり加速してこちらに並んできた。
「この雌犬が!」
罵り声を上げながら窓を開けた助手席の男が、こちらに銃を向けてくる。
あれ、サバーバンと一緒に押し付けられたのと同じ“えーけー”だな。さては爺さん、皆殺しにした連中から報復を受けてるって流れか。それにあたしを巻き込むのは勘弁して欲しいんだが。
「くたばれクソ野郎が!」
「うるせえ!」
ナニいってんだか知らんけど罵倒されてるのはわかった。近付いてきたこともあって“えーけー”を収納で奪うことに成功。驚いた顔の男を残弾で吹き飛ばす。スラッグ弾が車内で跳ねたか運転手が倒れ込んで車はコントロールを失い、横滑りしながらこちらに向かってくる。爺さんが何か叫ぶ声が聞こえた気がしたが、そこであたしは荷台から放り出されて宙を舞った。
「……ッどわぁああッ!」
「シェーナ⁉︎」
気付けば、元いた関門の屋上。汗だくで震えているあたしを見て、ジュニパーとミュニオが駆け寄ってきた。
「どうしたの⁉︎ 何かあった⁉︎」
「……あ、いや。あった……のかも、しれんけど、大丈夫だ」
「???」
たぶん事故の衝撃でサイモン爺さんとの接続が切れたんだろう。その後の爺さんたちがどうなったのかはわからない。マーケットを呼び出そうとするが、何の反応もなかった。ちょっとばかり嫌な予感はするけど、あの爺さんに限って簡単に死ぬような気はしない。
「あいつら、縦に重なる配置で突っ込んでくるよ。あれ、直前で二手に分かれるんじゃないかな」
二百メートルほどに迫った騎兵集団を見て、ジュニパーがいう。甲冑に魔導防壁を掛けた重装騎兵が盾になり、直前で軽騎兵を散開させて一気にこちらを衝くつもりなのではないかというのがジュニパーの予想だ。
ミュニオもその可能性を後押しする。魔導師と弓兵を間近まで送り込めれば、あいつらにもこっちに一矢報いるチャンスはある。
「馬を倒せば少しは対処できるけど……あんまり、やりたくないの」
「いいさ。軽騎兵の方は、あたしに任せてくれ」
おかしな連中から奪った“えーけー”を構えて、迫る騎兵集団に狙いをつけた。ふたりの予想通りに散開の動きを見せたところで、引き金を絞る。
ドバババババババッ!
「……ちょッ⁉︎」
まさかの連射モードだったらしく、何十発も装填されていた弾丸は掠りもせず馬の足元を跳ねさせただけに終わった。
……最悪だ。偉そうにいっといて、ムダ弾丸を撒き散らしただけとは。
「……ごめん」
「すごいよシェーナ!」
「へ?」
いきなり響いた轟音と撃ち込まれた大量の銃弾に驚き、先頭の馬が竿立ちになったのだ。
後続が衝突を逃れようと統率を乱して転がり、兵士たちを振り落とす。その混乱の内に、ミュニオとジュニパーが兵士だけを着実に射殺してゆく。
全滅するまで、三分と掛からなかった。その間にあたしは手も出せず眺めていただけだ。ここで散弾銃を撃てば、兵士より高確率で馬に当たる。
「ありがとう! さすがシェーナだね!」
「あれは最高の判断だったの!」
「……え、ああ。うん、どういたしまして」
なんだろう、この……ムッチャ褒められてるのに微妙な罪悪感。いや、戦果には貢献したのだから結果オーライだと思っておこう。
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