関門襲撃
関門まで三キロほどのところまで来ると、あたしは車を停めた。
「タファ。こっから先は危ないから、お前はここで待ってろ」
坊主を車から下ろし、近くの木陰まで連れてゆく。手持ちの弓や剣をごっそり出して、短剣をひとつ握らせる。気休め程度だろうが、いまこいつに必要なのはその気休めだ。
ミネラルウォーターのペットボトルをシュリンクパックごと置いて、その上に携行食の入った箱を載せる。
「水と、こっちが食い物だ。仲間が戻ってきたら分けてやれ」
「……なか、ま?」
「ああ。この先の関門から、お前の仲間を逃がす。船に捕まってる奴らも、きっと助けてやる。みんなが、ここまで来たら、この武器を持って逃げろ。わかったな?」
「あ、うん。だいじょうぶ」
車に戻ろうとしたあたしを、タファは震える声で呼び止めた。
「しぇ、な」
「どした。怖いんだったら……」
「……ありがと」
なんでか、泣きそうになって焦る。そういうのは、良くない。せっかく殺し合いの場に挑む気持ちの用意が出来たっていうのに。
あたしは笑って手を振る。
「おう。達者でな」
駆け戻ったあたしの顔を見て、ジュニパーとミュニオが笑う。何もいわないけど、いいたいことはわかる。つうか、生温かい目でニヤニヤすんな。
「……泣いてないぞ」
「まだ、なにもいってないの」
「うん。泣きそうになっただけだよね?」
「だから、泣いてないし泣きそうにもなってねえ!」
笑いながらミュニオとジュニパーは装填を済ませ、荷台で道の先を見据える。もう関門側では動きがあるようだ。ランクルの図体で、隠れながらの接近は無理だ。
「敵を殺してタファのお仲間を助けたら、ジュニパーは関門の扉を壊してくれ。その後は船まで行って……」
「うん。捕まってるひとたちを助けるの」
「大丈夫。ぼくたちなら、やれるよ」
やると決めた。出来ようが出来るまいが知るか。やれることをやる。最後までな。
ランクルを発車させるとすぐに、鐘の音が聞こえてきた。
「あの音、港湾要塞まで届くのか?」
「たぶん」
「ますます厄介になってきたな。これじゃ、ランクルは関門までだ。その後は頼むぞジュニパー」
「任せて。ついに、ぼくの本気を見せるときが来たね」
「ああ、うん。……でも、あんまり高く飛ぶのは、ちょっと……」
「「シェーナ、右!」」
「うぉうッ⁉︎」
慌ててハンドルを切ると、車体を掠めて攻撃魔法が地面を派手に掘り起こした。
「次、左……そう、そのまま!」
続け様に飛んでくる炎弾を掻い潜って関門に迫る。
応戦するミュニオの射撃で敵魔導師は着実に数を減らし、攻撃魔法の代わりに矢が降ってきた。かなり山形の軌道で飛んでくるところからして、胸壁か遮蔽に隠れた状態で射ってきているんだろう。
ミュニオは倒せずに不満そうだが、かなりの時間差があるので避けるのは難しくない。
「前のところと同じ規範で動いてるはずだから、もうすぐ騎兵が出てくるよ」
「おう。頼むぞジュニパー」
ヘヘッと嬉しそうに笑うと、ジュニパーは飛び出してきた騎兵を大型リボルバーで射殺する。
たったの六発で四騎。本人は外したのを悔しそうに嘆くけど、距離は五十メートル近い上に相手は重装騎兵だ。仕留めただけでも十分過ぎだろ。
「すごいぞジュニパー、38スペシャルで甲冑付きを倒すなんて、あたしには無理だ」
「馬も無事なの。さすがジュニパーなの」
「そ、そう……?」
その間にもミュニオが姿を見せた弓兵を減らし、関門を通過する頃には抵抗はなくなっていた。
「捕まってるひとたちの場所はわかるか?」
「そこを左、上から見たとき馬車が集まってた。ちょっと待ってて」
荷台から飛び降りたジュニパーは門のところまで戻って扉を蹴り飛ばす。分厚い門扉が粉々に吹っ飛んで、移動を制限する足止めとしての機能は消えた。
減速するまでもなく駆け戻ってきた彼女は人間の姿のままヒョイと荷台に飛び乗ってきた。
「お待たせ」
「もしかして、水棲馬の姿じゃなくても力は変わらない?」
「う〜ん……やっぱり、ちょっとだけ動きにくいかな?」
爆乳執事みたいな格好のヅカ美女は、そういって胸元をくつろげる動きを見せる。
胸か。問題はその胸なのか!
「いたの」
ミュニオの声に前を向くと、箱馬車が集まっているのが見えた。載せられた檻のなかに囚われたひとたちがいる。空の檻もいくつかあるから、既に運ばれたらしいひとたちもいるはずだ。
「ジュニパー、檻を開けられるか」
「大丈夫」
ジュニパーは人型のまま檻に近付くと、閂を鍵ごと引きちぎる。あまりにもあっさりと破壊してしまったために、捕まってるひとたちは何のリアクションも出来ずに固まったままだ。
三つの檻から解放されたのは合計二十三人。彼らは見た感じ、獣人と人間が半分ずつだ。エルフはいないし、ドワーフらしきひともいない。
「なあ、あの兵士たち、魔力持ちを捕まえてるって聞いたんだけど」
「……そう。でも、わたしたち、売れ残り」
魔力の高いエルフやドワーフは船に運ばれたらしい。ミキマフの犬ども、どうしようもねえな。
「ミュニオ、ここで援護を頼む。治癒魔法が必要なひとがいたら掛けてくれ」
「わかったの」
「ある程度の安全が確保できて、人数がまとまったらタファのいる方に逃げてもらおう」
ミュニオには箱馬車の陰で警戒に入ってもらい、あたしとジュニパーが敵の掃討を行う。
「シェーナ、そこの建物、なかに敵が残ってるよ」
「捕まってるひとは?」
「いる。泣き声がする」
あたしと散弾銃を抱えて、近くの建物に入る。扉の横でタイミングを合わせ、ジュニパーが扉を蹴破った。
「「きゃああぁッ!」」
「動くな! 抵抗すると殺す!」
なかにいた兵士は七人。銃の脅威を理解できないのか、たかが小娘ふたりと侮った顔で兵士が向かってくる。ここまでに兵士がさんざん殺され続けたのを見ていないのか理解していないのか、頭や腹を撃ち抜かれるまで殺されるとは思ってもいなかったようだ。
血飛沫を上げて転がった兵士たちが事切れると、蹲って震えていたひとたちがこちらを見る。
「こ、殺さないで……」
「大丈夫、助けに来たんだ。アンタたちの仲間に、頼まれてな。外に出て、馬車のところで隠れてて」
「は、はい……」
建物のなかはベッドが並んでいて、兵舎と同じ作りだ。
……というか、これ兵舎だな。どう見ても捕らえた人たちを休ませる場所じゃない。そこにいたのは若い女性ばかりだったから、兵士が役得のつもりで襲おうとしていたのか。
「なあ、他に捕まってるひとは?」
「あとは……船に、運ばれて」
やっぱりか。ここに運ばれたひとは、いまいるので全員のようだ。
「敵が残ってないか調べてくる。すぐ済むから、馬車のところにいてくれ」
兵舎と門の詰所のような場所を回り、屋上まで登って敵の生き残りがいないかを確認する。
「シェーナ、みんな死んでるよ」
「こっちもだ」
敵兵は、ほぼエルフだ。聞いていたような帝国海軍崩れは見当たらない。武器と金目のものも回収して、使えそうな武器は捕まっていたひとたちに渡す。
「逃げるなら、門を抜けて西に向かって。アンタたちの仲間を待たせてある。武器と水も置いてきた」
「仲間?」
「マーイヘン村のタファって小僧だ。そいつが、あたしたちに助けを求めてきた」
何人か知っているひとがいたらしく、彼らは納得して逃げる準備を始めた。
「馬が必要なら使って。武器がいるなら持ってくと良い」
「でも、追っ手が来るんでしょう?」
「出来るだけ潰す。船に捕まってるひとたちも、できるだけ助ける」
「……な、なぜ?」
なぜこんなことをするのか、か。答えても良いけど、上手くいえる気がしない。それは、あたしの答えるべき問題ではないしな。ここはミュニオ姐さんに振っちゃおうか……って、何気なくジュニパーに目線を振ったのが間違いだった。
「我ら、義により参上した。こちらにおわすお方は、迷える者たちの守護神、魔人の王子シェーナン・アカスキー殿下である!」
「ちょい⁉︎」
またそれ⁉︎ このひとたち完全に固まってんじゃん!
「……おう、じ? ……守護神?」
「悪逆非道な偽王ミキマフ一派の狼藉! 天や法が見逃そうとも、シェーナン・アカスキー殿下は見逃さぬ!」
だから、止めてジュニパー⁉︎ ただでさえ全身真っ赤なのに、顔まで真っ赤になっちゃうから⁉︎
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