死者との再会
背筋にビリビリ来るような雄叫びはすぐ止んだ。慌てて散弾銃を大型リボルバーに持ち替えて上がる。
「あれ」
居住区画らしい部屋の真ん中で、血塗れのクマ獣人がグッタリしていた。ヤダルさんが血の付いた片手剣をぶら下げて立ち、ミュニオがクマに治癒魔法を掛けている。
「あー、ええと……?」
「この野郎、剣を抜いたら喚きやがった」
「それはそうだよ⁉︎ 三つ数えたら抜くっていったのに!」
「……のに?」
「ヤダルさん、“いち”で抜くんだもん」
ジュニパーの抗議に、ヤダルさんは悪びれた様子もなく笑う。
「そんなもん、身構えたら傷が締まって余計痛いだろ」
「……どっちにしろ、……ものすごく、痛い」
クマ獣人男性が呆れ顔で首を振る。ミュニオの手から青白い魔力光が消え、ホッとした顔で振り返った。
「もう、大丈夫なの」
「もしかして、このひとが、あの……」
「ああ、ビオーだ。ケースマイアンにいた頃から、割食うのが趣味のお人好しでな。四五千何百哩も離れたここでも、また手前ぇから厄介ごとに首突っ込んでやがった」
ひでぇ。おっとり人の良さそうな顔、見るからに苦労人じゃん。
しかも、周りに転がってる十数体の死体を見る限り、ひとりで立ち向かって刺されたんだろうに。
「よく頑張ったなあ、ビオーさん。階下のもアンタが?」
「半分くらいは、あたしたちだけどな。ビオーにぶっ飛ばされてフラフラだったから、楽なもんだったぜ」
テディベアみたいな見た目にそぐわず、やるときはやるタイプらしい。
「ここに常駐してるっていう、ソルベシアの巫女と護衛は?」
「ああ、それなら……」
続きの部屋から、精悍な感じの人狼男性が入って来た。服も毛もボロボロで、血と泥でガビガビになってる。
「おう、ペルン。テニアンは?」
「眠ってる。問題ない、ただの魔力切れだ」
「お前らふたりを生かすために、か」
「ああ。彼女がいなければ、二十回は死んでいたな」
そんなに。まあ、そうか。室内だけでも三、四十の死体がある。外や周囲一帯に転がっていたのを含めれば百……いや二百近いんじゃないだろうか。ビオーさんとふたりでよく生きてたと思ったが、死にかけるたび巫女の治癒魔法で無理やり生き延びさせられたってとこか。
「ペルン、こっから逃したのは何人いたんだ?」
「大人が三人に、子供がふたり」
「……ああ、悪い。あたしたちが見つけたときには、子供だけだった」
あたしがいうと、ペルンさんは首を振る。
「おかげで助かった。俺たちも、子供たちもな。あのときは、逃す他に方法はなかった。ここに留まっていたら、みな確実に死んでいた。こうまで大規模な攻勢があるとは、誰も思っていなかったからな」
「ミキマフ側に情報が漏れてた。どこぞの誰かがドジ踏んだからな」
笑み含みで低音になったヤダルさんの声に、ジュニパーとミュニオがビクッと怯んだ顔になる。
「ビオー、モレアは寝返ったんじゃねえぞ。あいつは、最初からミキマフの息が掛かってた。少なくとも、北大陸出身者に敵意と偏見を持ってた」
「……あいつを、見付けたのか」
「先に見付けたのは、向こうのほうだったけどな。大した話は聞けなかったが、銃は回収した」
ホッとした顔で、ビオーさんが頷く。殺したかどうかは聞くまでもないんだろう。
「……すまん、ヤダル。俺が間違ってた。それは自覚してる。あいつを信じたのも、仲間を危険に晒したのもだ」
「その通りだよ。手前ぇのせいで散々だ」
「ヤダルさん、さすがにそれは……」
抗議しようとしたあたしに、ヤダルさんが顎で背後を示す。
ずっと見守ってたミスネルさんが、ビオーさんの前に歩み寄った。ポロポロと涙を溢しながら微笑む彼女を見て、鈍チンのあたしでもなんとなく事情を察する。
「そんじゃ、あたしらは下を片付けるとすっか。悪いけどシェーナ、ここの死体を頼めるか? 手早くな」
「お、おう」
ビオーさんとミスネルさんだけを残して、みんな階下に降りていった。あたしも死体を秒で収納すると、あたふたと彼らの後を追う。
階段を降りるあたしの耳に、涙声ですがりつくミスネルさんの声が聞こえた。不思議なことに、意外な感じは微塵もない。応援したい気持ちも、見守りたい気持ちもある。ただ……
あたしには彼らの恋愛が上手く行く未来も、まったく想像できなかった。
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