シンギンスナイプス
「音がするまで、ふたつ数えるくらい掛かった。一・六キロは離れてるぞ」
「ヤダルさん、方角はわかる?」
「北東だな。一ミレ越えて狙うなら、射手は水平より上に位置を取りたがる」
あたしたちは北東方向にいくつか見える丘や峰に目をやる。みんなはともかく、あたしの視力で千六百メートル先の狙撃手なんて見えるはずもないんだが。
「有翼族に頼む……いや、ダメだな。殺されちゃうし。ジュニパーに頼んで全力で距離詰めるか?」
「大丈夫なの」
悩んでいるあたしたちの背後で、ミュニオが優しく微笑む。木陰や岩陰や車の陰に隠れているなか、この姐さんだけは平地に堂々と立っている。
背中に革帯で負っていたカービン銃を下ろし、銃口を北東方向に向けた。
彼女の傍を銃弾が掠めて、背後の木立が爆ぜる。動じた様子もなく、ミュニオはゆっくりと狙いを定めた。
「いまのタマ、風魔法で通り道を作ってたの。たぶん相手はエルフ、だったら……」
レバーを操作して素早く二発。
銃撃の後、チビエルフは小首を傾げて結末を見守る様に間を開ける。わずかに間を開けてホッと息を吐き、こちらを振り返った彼女は、なんてことはないという風に肩をすくめた。
「その通り道に沿って、こちらから送り込むだけなの」
「嘘だろ、おい。その銃、四百メートルがせいぜいだって……いや、前にも八百メートルくらい先の敵は仕留めてたけどさ」
「マーリンは、わたしに力をくれるの。シェーナや、ジュニパーと同じ。信じて託したら、応えてくれるの」
くれる……のか? 機械には限度があると思うんだよな。愛情や根性でどうにかなるもんなのか?
「ヤダルさん、どう? 相手は倒れた?」
ミュニオの反応は命中した感じだったけど、あたしの視力では結果が見極められない。
「わからん。けど、姿は見えなくなった」
「ぼくが見て来るよ。ヤダルさん、乗ってくれる?」
「え」
なんでか固まった虎姐さんを気にせず、ジュニパーは背中のボーイズに声を掛けて、いったん降りてもらう。
「すぐ戻るから、ちょっとだけ待っててね〜?」
「「「はーい!」」」
「……いや、ちょっと待て。あたしは、あれだ。“ばいく”とか“くるま”はともかく、馬とか、相性が……あんまり、良くない。ホントに」
「大丈夫だよ、静かに走るから。ね?」
珍しく動揺した感じの虎姐さんを、ジュニパーは肩車するみたいにひょいと背中に抱え上げる。
「待て、ジュニパー! ちょっと……にゃああああああぁッ⁉︎」
たしかに静かな走りではあるが、その加速は相変わらずの新幹線レベルだ。悲鳴が尾を引いてあっという間に木々の間へと消えて行った。遠くでポーンと高く跳ね上がる水棲馬の姿が見えて、視界から消えた。
ランクルを振り返ったあたしは、子供たちを守っていたミスネルさんと獣人姐さんズが妙に表情を曇らせているのに気付く。
訊くべきかどうか、少し迷う。でも、もし想像通りの状況なら、厄介さの種類がちょっと変わって来る。
「……なあ、ミスネルさん。もしかして、魔王の銃を奪った相手に、心当たりはある?」
「あるといえば、ある。正確に言えば、その心当たりが外れてたら良いな、とは思うわ」
敵に回って欲しくない相手が、こちらに攻撃を仕掛けてきている可能性か。
いままでに聞いた話の流れからすると、その選択肢はそう多くない。部外者であるあたしが口にするのは憚られたけど。
ヤダルさんの話によれば、魔王のデポから移送中の物資が奪われ、御者とふたりの護衛が行方不明になった。ケースマイアン出身のエルフとクマ獣人の男性、だったか。そして、彼らの持っていた銃二挺も喪われた。
ミスネルさんたちが気に掛けているのは、そのふたりが偽王ミキマフ側に寝返った可能性だ。
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参考画像:
M1903 Springfield
1903年にアメリカ軍の正式軍用小銃として採用されたボルトアクション・ライフル。WW2後半に自動小銃のM1ガーランドに切り替えられた。
左から二番目が、M1903小銃で使用する7.62x63mm弾(.30-06 Springfield)
真ん中あたりにある弾頭が平らなのが、ミュニオのカービン銃に使用する.357マグナム弾
(マグナムと言っても拳銃弾なので、フルサイズの小銃弾に比べるとエネルギー量は1/4くらい……)




