アールカンの残照
「いいよー、そのまま真っ直ぐー」
あたしたちは馬形態のジュニパーに先導されて、ランドクルーザーを森に入れる。
爺さんから押し付けられたサバーバンとやらは、とりあえず取り扱い保留だ。これから森のなかの狭い道を進むのに、ランクル以上の巨体はしんどい。
ちなみに処分希望の二台は森の入り口に埋けた。なんかデカくてイカツい顔の車が、森に入る小道の両側に狛犬みたく鎮座している状態だ。
こっちの世界のひとが見てどう思うかは知らん。文句はあのインチキ商人にいってくれ。
「シェーナ、左側フカフカしてるから、こっち寄ってー」
森のなかも小道の辺りはそれなりに踏み固められているが、そこから外れると地面は柔らかいようだ。ジュニパーが足をズブッと差し込んで“フカフカ”のアピールをしてる。
「そういうのはいいから、先行ってくれー」
「はーい」
子供たちの順番交代があって、今度はボーイズを背中に乗せている。九人いる男の子のなかで、まずは年少組の五人。今度も年長の四人は文句も言わずおとなしく順番を持つ。偉いな。
「そんじゃ、つかまってよー?」
「「「「ひゃあああぁ……♪」」」」
ジュニパーは一瞬ビョンと棹立ちになると、木々の生い茂った森のなかを凄まじい勢いですっ飛ばしてく。
ガールズを乗せてたときより動きが大きく乱暴なのは、そういう方が喜ぶってわかってるからだな。
子供のあしらい方が上手なタイプって、どこの世界にもいる。たぶん、あたしには無理だ。
「ねえミスネルさん、木と草ばっかでなんも見えんけど、砦の跡って残ってんのかな?」
「さあ……石積みの基部くらいはあるかもしれないけど、いま見てわかるかどうか……」
かつてこの森の爆誕を間近で見ていたドワーフの豪傑は、苦笑気味にいう。
この森、大きさもそうだけど植生の密度もハンパない。上の方は樹冠で空が覆われ、“昼なお暗い”ってレベルだ。
かろうじてランクルが通過可能なスペースがあるのは、この小道を通行してきたひとたちが切り開いたのか。
「シェーナ、こっちー」
声だけ上げても、こちらは見えんというのに。
道沿いにしか移動しようがないので、こちらはマイペースで前進する。ときおり左右から鳥や小動物の声や葉擦れの音が聞こえて、荷台の子供たちが悲鳴や歓声を上げる。
遊園地の乗り物みたいだな。いざというときはヤダルさんたちが守ってくれるはずだから、危険はないだろう。
しばらく進んだ先で、ジュニパーが待っていた。爆乳水棲馬の姐さんも背中に乗ってるボーイズも揃ってワクワク顔なのが気になる。
「……うわ、なんじゃこりゃ」
騎馬チームの立っている先で、地面が大きく抉られていた。
ぽっかりと開いたそれは直径数十メートルのクレーターで、中心部に溜まった水が泉のようになっている。そこだけ森が切れているため、空から差し込んだ光に水面がキラキラと輝いていた。底まで透き通った水のなかでは水草がそよぎ、大小の群れが泳いでるのが見える。
あたしはランクルのエンジンをそのまま、サイドブレーキを掛けて車を降りる。ルートを確認するのに、クレーターの縁まで歩く。
小道は穴を迂回する形で、グルッと反対側まで続いている。路肩はしっかりしているようだけど、あまり近付かない方が良さそうだ。
「湧き水か雨水かわかんないけど、綺麗だねぇ……」
「うん、まあ綺麗なのは確かだけどさ。この穴、あれだろ。その王様のドカーンってので、できたんだろ」
うん、驚きで語彙力が死んでるな。実際、見てるとスケール感がおかしい。モッサモサの森の真ん中に、こんなオアシスみたいなもんがあるとか、意味わからん。風景としては綺麗なだけに違和感がすごい。
「なあジュニパー、あれ魚?」
「魔物みたいだね。たぶん、泳いでたら食べられちゃう。ほら」
「うぇッ!」
いわれて見ると、水の底にはいくつか白骨化した大型動物の残骸が転がっていた。ピラニアの魔物って感じか。
「あれ、牙魚かな。だとしたら、身は美味しいって聞いたよ?」
「いや、その情報は要らん。食うか食われるかの危険を冒してまでチャレンジはせん。だいたい名前が怖いわ。なんだキバウオって」
ジュニパーはクスクス笑いながら、先導するといって歩き出した。路肩で崩れやすいところがないか確認してくれているのだろう。その間もヒョコタンヒョコタンと跳ねる動きに妙な歌で盛り上げ、男の子たちを飽きさせない。
芸達者だけど、ちょっとコインで動く機械みたいだ。
「さあ、王子。ここは、わたくしジュニパレオスが露払いをいたします!」
ぎゅーん、なんつって駆けて行っては崩落しそうなところを瀬踏みして安全確認し、少し脆いところを見付けると立ち止まってこちらに示し、縁から離れた位置に岩があれば後脚で器用に撤去してくれる。
細やかな気遣いのできる魔物ガールである。
「あ〜気高き王子アカスキイイィ〜、いまこそ風になりましょぉ〜♪」
「「「しょぉ〜♪」」」
けっこう先の方から、ジュニパーと男の子チームがワケのわからん歌を合唱しているのが聞こえてくる。
何してんだあいつ。無駄に美声なのが、なんかハラ立つわ。
「ん?」
森を抜ける手前に、そこだけ開けた空間があった。さほど植生は見られない。下草がちらほらあって、塚みたいなものが並んでいる。あたしの知らない昆虫の巣とかじゃなきゃ、見た感じは人工物のようだ。
「シェーナ、待て」
荷台でお休みモードだったヤダルさんが、立ち上がって運転席の屋根を叩く。振り向くまでもなくモワッと、背筋をざわめかすような気配が感じられた。虎獣人のウォーマシーンが、殺気を溢れ出させているのがわかる。
荷台にいる子供らが恐怖にプルプルしているけれども、大丈夫なのか?
「ジュニパー、下がれ!」
ヤダルさんの声より先に、危機を察知したジュニパーは森の奥に入って素早く倒木の陰に子供たちを隠した。
その木肌が弾け、ジュニパーが子供たちに覆い被さる。一拍遅れて、遠くからキューンと銃声が聞こえてきた。
「……クソが」
ヤダルさんが、ブワリと濃い殺気を発する。
振り返ったあたしが見たのは、いますぐ敵を食い殺そうとでもいうような獰猛な笑み。
「あの音、間違いねえ。“いちきゅーぜろさん”……魔王の銃だ」
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