(回想)四百対四
「ミスネル殿、もう結構です」
わたしは、軽装甲車両の銃座でM60車載機関銃の引き金から指を離した。
十数発の掃射で倒せたのは、突出した騎兵が数名だけ。残りの歩兵は正門前に並べられた土壁に隠れて、一目散に砦へと逃げ込んでしまった。あの様子ではもう、しばらくは出てこない。
数に勝る籠城側が守りに徹すると、攻城側は打つ手がない。
帝国軍の前線基地であるアールカン砦には、帝国本土から派遣された督戦部隊のもと帝国占領地の混成部隊が四百名近く詰めている。周辺地域からの根こそぎ徴発で補給もひと月は保つ。士気も――魔法か人質か拘禁枷かで縛られた結果とはいえ――おしなべて高い。
「ハイダル王、良いんですか?」
「ええ。手間と時間と、なにより弾薬の無駄でしょう」
助手席で苦笑するハイダル王に、運転席のヤダルが面倒臭そうな溜め息を漏らす。
「……ったく、なんなんだよ、あれ?」
ハンヴィーを前進させて砦からの攻撃を誘おうとするが、敵から反応はない。物見台に立っているのは“重装魔導兵”とでもいうのか、分厚い盾と重甲冑で身を固めた魔導師。観察と連絡と防御に専念して、攻撃を行うつもりはないようだ。
「なあ王様よォ、ちょっとくらい無理しても攻め込まねえか? あいつら、待ってても出てこねえと思うぞ?」
「ヤダル殿、自重してください。魔王陛下からお借りした最精鋭を、危険には晒せません」
「とはいってもなぁ……いくらなんでも、おかしいだろ、これ」
砦に篭った帝国軍四百名を相手に、わたしたち四名が攻城戦を仕掛けるという奇妙な構図。たしかに、この状況は異常でしかない。
重甲冑でも貫く武器と、軽騎兵さえ引き離す移動速度。それだけの力を持ちながら攻め手を欠くことになったのは、“魔導工兵”という聞き慣れない兵科によるものだ。
彼らは築城と魔導防壁の構築に特化した、いわば戦場の土工。以前まだ幼い王子だったハイダル王がソルベシアを解放したとき、どのような武器でどう戦ったかを調査し対応策を作ってきたようだ。
それが有効かどうかはともかく。
帝国軍側は土壁と深い溝を縦横に掘り、砦のなかから散発的に攻撃してくるだけ。四百対四での膠着状態は、二日目に入った。
「陛下、北部の叛徒討伐は終了しました」
後部座席で、ハイダル王の護衛フェルが告げる。
彼女と双子のエアルは魔導通信機能のある首飾りを持っていて、相互の戦況を連絡してくれていた。
叛徒というのは、“真のソルベシア復興”などというお題目を掲げて私腹を肥やしていた、自称“ソルベシア軍”の連中だ。
ソルベシアの民は、良くいえば平和的、悪くいえば惰弱で戦闘に向かない。南から帝国軍の干渉が繰り返されるなかで、怪しげな武装集団は民の恐怖を煽って勢力を拡大していた。
一度は故国を離れたソルベシア王ハイダルが、再びやってくることになった原因のひとつだ。
「こちらの損害なし、戦果は六百七十と四名。現地の者で首謀者の特定を進めています」
「ああ、大戦果だな。よくやってくれたと伝えてくれ」
「御意」
ハイダル王の提案によって、北部には装輪装甲車と銃手六名を投入した。
戦力は北が厚いと考えたハイダル王の読みが当たり、南北の戦力比は七対四。そして、向こうは実質一日で殲滅を果たした。
彼らドワーフ組は、愛用のM1919重機関銃を存分に活用したのだろう。ドワーフの重鎮ハイマンさんの喜ぶ顔が眼に浮かぶようだ。
「向こうは敵が出陣してくれたようですからね。逆にいえば、こちらの将は少しだけ知恵があったわけです」
「そっから先を考えてないんじゃ、嫌がらせ以上の意味はねえってのになぁ……」
日が昇るにつれて、気温が上がり始める。昼に近付いた頃、砦の内部で動きが見られた。
「……妙だな。あいつら、急に慌て出したぞ?」
「北部での戦闘について情報を受けたのかもしれませんね。かといって打つ手が変わるわけでもないでしょうが……」
いや、とハイダル王が溜め息混じりで呟く。
もしかしたら、敵は自分が思っていたよりずっと愚かだったのかもしれないと。
「ああ。変わるというか、打つ手が消えたんだ」
ヤダルは笑う。
「籠城戦ってのは、待つことで次の手があるときの手段だ。包囲側の疲労が蓄積するとか、補給が絶えるとか。……味方の救援が期待できるとかさ」
ソルベシア王ハイダルの帰還と敵対勢力の掃討は、事前に大々的に宣布が行われている。半分は“それで悔い改めるならばよし”という甘い考えからだが、もう半分は“まとめて釣り出して殲滅する”という目的からだ。
二勢力がつながっている――あるいは王の帰還を前に共闘することにした――とまでは考えていなかった。
帝国軍部隊の籠城は、北部で全滅した叛徒の合流を前提にしたものだったとしたら。
彼らは孤立してようやく、このまま立て籠もっても自滅を待つだけだと自覚し始めたのだ。
「ヤダル殿の読みが正しいようです。突破か退却、あるいは戦力を割って足止めをさせる」
「少なくとも騎兵どもは打って出るつもりだろうな。どうしようもないくらいに遅過ぎる判断だけど、先延ばしにすりゃ戦力は落ちてくだけだ」
ヤダルの言葉通り、砦の正門が開いて騎兵部隊が飛び出してきた。