いまを生きる
夕飯は、明るいうちに済ませることになった。特に明かりがないし、暗闇のなかで火を焚いていると敵に見付かる可能性があるからだな。
メニューは焼いた野豚肉と、駆け鳥肉をたっぷり入れた野菜と山菜のスープ。
「「「おおおおぉ……」」」
大鍋いっぱいのスープに、子供たちからどよめきが上がる。大人たちが飢えさせないように気を使っていたようだけど、彼らもけっこう我慢はしてたっぽい。
続けて運ばれてきたのは、丸々半身近い野豚の肋肉。こんがり焼き上がった野豚肉の香りに、子供らのヨダレがすごい。その隣でしっかり皿をキープしているのがデロの十二人。
身体のサイズは子供らと同じくらいだけど、お前ら大人なんじゃねえの?
「たべて、いい? いい?」
「みんなで仲良く、独り占めしない。ね?」
「「「「はい‼︎」」」」
ミスネルさんの言葉に、全員がムッチャ良い返事を返す。じゃあ、どうぞといわれると同時に全員が目の前の野豚肉に手を伸ばす。切り分けはヤダルさんがサクサクと進めてくれて、上手いことひとり肋骨一本みたいな感じで分配された。コボルトじゃないけど子供を優先してるみたいで、大人たちはスープを先によそう。
「このスープも、すっごく美味しい」
「すげえ味が濃いな。こんなもん食ってたらポーション並みに回復しそうだ」
うん。“味が濃い”ってのは、たぶん“しょっぱい”の意味じゃなくて、旨味か魔力かなんかそんな滋養感をいってるんだろう。言葉だけじゃ伝わらないけど、自分も実感してるからわかった。駆け鳥って、栄養が身体に染み渡る感じがするんだよな。
スープを食べてるあたしたちのところに、焼き上がった追加のローストポークが届く。
「ほら、シェーナちゃんたちの獲ってきてくれた野豚だ。すっごい脂のノリだよ」
「ありがとう、姐さんたちも食べてな」
「わたしらは、これから仕込みだからね。調理がてら味見させてもらうよ」
子供らのお世話をしている年配女性ふたりは人狼のキーオさんとクマ獣人のサリタさん。穏やかそうな印象ながらもミスネルさん同様、どこか修羅場を潜った感じの落ち着きがある。
「なあ、ふたりは、狩りとかできるの?」
「ああ、やってるよ。わたしら得意なのは弓だったんだけどねえ。いまあるのは料理用のナイフと薪割り用の斧くらいなのさ」
「キーオは、それで兎なんか獲ってたが、わたしには無理だね。追いつけやしない」
「そんじゃ、ちょうどよかった」
収納に死蔵してた武器のなかから弓矢をゴソッと部屋の隅に出す。弓が大小十張りに、矢筒が十八。矢は数えてないが二百本くらいはあるだろ。
「これ、ヤダルさんが仕留めた偽王派からの戦利品。あたしたちは、使わないから」
「ああ、ありがとね。助かるよ、本当に」
「もう子供らを飢えさせないで済むねえ」
ついでに手槍やら短剣やら長剣やらも渡すと穏やかな姐さんらの顔に、ふわりと不敵な笑みが浮かぶ。古強者みたいな表情を見て確信した。このひとら、やっぱガチな戦闘経験者だ。
そのくせ殺気やら怒気やらを感じない達観した佇まいに、あたしたちはつい興味を持ってしまう。
「サリタさんたちも、魔王の本拠地にいたの? ……ケースマイアン、だっけ」
「そうよ。そこで次から次へと笑っちゃうくらいに恐ろしい目に遭ってね」
「こうなっちゃったわけ」
ジュニパーの質問に答えて姐さんふたりは豪快に笑うけれども……ふつうは、ならんと思う。
「敵と戦う、戦闘職のひとたちは、別にいたんだよね?」
「いたけど、そんな区別はしてらんなかったわ。最初の戦闘からして、敵は三万だもの」
「さん、万?」
聞き間違いじゃなかった。三万の王国軍に対して、ケースマイアンの人口は百ちょっと。戦力に数えられるのは実質四、五十だったとか。なにそれ、旧日本軍も真っ青な無理ゲーじゃん。
「魔王の力に助けられて、お互いに助け合って、その戦いを誰も死なずに乗り越えられたとき……」
え、ちょっと待って、それサラッていったけどおかしい……いや、それは後でいいからまず話を聞こう。
そんな混乱した目配せをするあたしたちをよそに、姐さんふたりと少し離れたとこにいたミスネルさんも視線を合わせて頷き、穏やかな笑みを浮かべる。
「そんとき、思ったの。わたしら、そこで死んだんだって。王国との戦闘の後、残りの人生はぜーんぶ、たまたま拾った“余剰品”なんだって。ね?」
「「うん」」
彼女たちは、それから何も怖くなくなったし、何も躊躇しなくなった。やりたいこと、やるべきことを一心不乱にやり尽くして、最後の最後まで駆け回って笑いながら死んでやるんだって。そう心に決めたのだそうな。
「わたしらだけじゃないよ、きっと。ケースマイアンは平和になって、豊かになって、ひとも物も友好国も増えたけど、どんどんひとは出て行ったから」
「エリから聞いた、あれだね」
ジュニパーの言葉に、あたしとミュニオは頷く。エリは未開の地を求めて、両親と一緒の平和な暮らしを捨てた。その両親でさえ、職と仲間を得ていたらしい平和な北大陸からわざわざ渡ってきたのだから似たようなものだろう。
「きっと、わたしたちが感じた、“生きているって感じ”と同じなの」
「かもな」
「ああ……なるほどね。“生きている感じ”かい。そうだよ、わたしらが求めてたもの、いまこの大陸で手に入れてる満足は、まさにそれだ」
「そうだよ、わたしらは、いま“生きてる”って感じなのさ」
姐さんらは、そういって柔らかく笑った。




