エルフの軍
現王というか偽王というか、ミキマフの追撃部隊か。って待て、追撃? 誰の?
嫌な予感がして視線を向けたあたしの意図を察して、ヤダルさんは悪びれる様子もなくニッと笑う。
「ほら、あたしがさ、有翼族の森で奴らを鏖殺にしただろ?」
「うん、三十いくつか死体あったね。首なしの」
正確にはあたしの収納に入ってるわけだが、それはそれとして。
「あんとき、ひとり逃したんだよ。一番下っ端の若そうな兵士を、馬付きでさ」
「「「「なんで⁉︎」」」」
思わず発した声はあたしとミュニオとジュニパー、そしてミスネルさんのものだ。
あれ、このひとまで驚いてるってことは、その誘引情報を食わせたのって既定事項じゃない?
「待ってヤダル! あいつら、逃げた反王派の追撃じゃなく、あなたの追撃部隊なの⁉︎」
「おう。わざわざ探して追い掛けるより、待ってる方が楽だろ。どうせ隠れ里組、しばらく移動はできないんだしさ」
「この子たちが危険な目に遭うかも、とか考えなかったの⁉︎」
「あ……いや、ちゃんと、来る時間は読んでたぞ? 実際、ほら、間に合っただろ?」
「それはシェーナちゃんたちのクルマに乗っけてきてもらったからでしょ⁉︎」
ミスネルさん、ムッチャ怒ってるし。
そら怒るわな。ヤダルさん目が泳いでるから、ホントは何も考えてなかったの丸分かりだし。
「お、落ち着けミスネル。誘導先は、有翼族の森だ。ここじゃない」
「わたしは、いつでも落ち着いてる。あなたに、いつもいってるでしょう? 少しは落ち着いて考えなさいって」
「え」
「あなた、あの森から有翼族を逃したでしょ。メイケルグの東の山脈に」
「……ああ、うん」
「渡りの時期でもないのに百近い群れが急に東への移動を始めたら、ふつうは何かの理由があると思うわよね。だったら追撃部隊も、移動先に向かうとは思わない? そして、その移動ルート上にメイケルグがあることも、女子供が十八人じゃ逃げ隠れするのは無理ってことも、わからない?」
ミスネルさん、初対面ではわりと穏やかそうな印象だったのが、怒った顔は結構怖い。しかも感情的にならず理詰めで正論で真っ直ぐに怒る、いちばん怒らせちゃダメなタイプだ。
体格は大人と小学生くらい違うのに、ヤダルさんが押されている。
「わかった。大丈夫、あたしが全員、ちゃんと仕留めるから」
「ヤダルさん、手を貸すよ」
「わたしも手伝うの」
「ぼくも」
ヤダルを甘やかせちゃダメよ、みたいに釘を刺しつつ、ミスネルさんはあたしたちに頭を下げてきた。
実際の年齢は不明ながら、間近で見るとこのひとヤダルさんより明らかに……いや、遥かに若い感じ。なのに、なんだろこの落ち着きと頼り甲斐。
「獣人に細かいことを求めんなっつうの」
「いや……たぶん怒られたの、そういうとこだよヤダルさん」
元来たところまで戻って、丘の稜線から見渡す。ミスネルさんの読み通り、北西方向から隊列を組んだ一団がこちらに向かってくるのが見えた。草原を広がりながら、前列は臨戦態勢で身構えているのがわかる。散開してるのは、こちらが少数ってことを理解しているからか。なんにしろ交戦は避けられない。
ジュニパーに目を向けると、彼女は自分の出番とばかりにニカッと笑う。
「ミュニオ、魔導師だけ頼めるかな」
「わかったの」
「ヤダルさん、あたしたち騎兵を仕留めてくるから他をお願いできる?」
「おう」
ミュニオは愛用のカービン銃を構え、ヤダルさんは背負っていた黒い剣鉈みたいのを、両手に一本ずつ持った。あたしは自動式散弾銃に鹿撃ち用大粒散弾を装填して、水棲馬姿になったジュニパレオスに乗る。
馬形ジュニパーを見た子供たちが、キャッキャいいながら手を振ってきた。可愛いな。馬ジュニパーはなんでか子供に大人気だ。
「みんな、危ないから建物のなかにいてな。すぐ終わらせるから」
「「「はぁーい」」」
丘の上でひょいと棹立ちになった水棲馬ジュニパーは、ヒヒンと高く嘶いた。なにそれ、鬨の声? いくぶん子供らへのサービスっぽい感じのアピールだったが、そこからは前を向き坂を駆け下りて草原を突っ切ってゆく。凄まじい勢いで真っ直ぐに、敵の布陣のど真ん中へと。




