(閑話)サイモンの邂逅
俺はテオと別れて“パーク”の正面ゲートに向かった。
屋外型アトラクションがほとんどなので陽のあるうちに営業は終わり、深夜に差し掛かろうといういまは従業員も帰宅している。この国でも有数の優良企業だけあって残業もない。半分は、こちらの都合だが。パーク内には裏稼業の抜け道として秘匿性の高い施設が隠されている。営業時間外にまで不特定多数の人間にウロチョロされたくない。
警備員も勤務は営業時間中だけ。高額な機材や盗まれて困る資材がある施設には警備システムを設置している。俺が自分で指示して設置したものだから抜けも穴も問題点も安全な通過ルートもわかっている。
「……俺はな」
呼び出してきやがった阿呆どもは、どっから入り込んだやら。
ボヤいてみても状況は改善しない。俺は大きな正面ゲートの鍵を開けて、堂々と入場する。鍵さえあれば、ここが最も警備が薄い。受付から現金を回収した営業時間後には、そもそも金目のものもないからだ。
無人のエントランスを抜けて、真っ暗な草原を進むと西部開拓村が見える。中央の噴水から放射線状に三ブロックほど広がる敷地は闇に沈んでいる。端の方にいくつか明かりが灯っているのは非常用電源の通った管理棟だ。持たされたスマートフォンに連絡が入っていないということは、そこの警備システムに異状はない。目的は情報でも破壊工作でもないということか。
静まり返った街並みを進むと、自分が西部開拓時代のアメリカに入り込んだ気分になる。まさにそんな施設を望んだのは自分なんだが。
俺が通りすがる建物の陰で、鈍い音が響いては何か重たい物が転がる。まさにワイルドウェストだ。
建物は、十九世紀後半の開拓村を――見た目だけだが――忠実に再現してある。商用施設と体験アトラクション用の建物には上下水道と電源が通っているが、保冷装置以外は落とされているはずだ。
……となると、だ。酒場に明かりが点いてるのは、あからさまな誘いってわけだ。
「面倒臭せぇな」
俺が作りにこだわったスイングドアを両手で開けると、カウンター内部には黒いビジネススーツを身に纏った白人男がいた。カウンターテーブルには、施設の小道具だったアルコールランプ。ハリボテ嫌いな俺の趣味で、常に使用可能な状態にしてあったものだ。その光に、男の薄気味悪い笑顔が照らし出されている。
俺は男から離れたカウンターの端に立つ。いざというとき壁を背に出来る位置だ。
「“ワイルド・ウェスト・ミュージアム・パーク”、ですか。実に面白い試みだ」
「能書きは結構、用件は」
「お初にお目に掛かります、サー。わたしもまた、かつて聖者の恩恵を賜ったひとり」
「お前の問題など知るか。用がないなら俺の私有地から出て行け」
俺はカウンターに自動拳銃を置く。男に、それで怯んだ様子はなかった。むしろ、満足げな表情になる。
悪趣味な金ピカのマカロフ。俺が用意した物じゃない。荷物に入っていた贈り物だ。同封されていた手紙には、“交渉の用意がある”とだけ書かれていた。何の交渉だか。
「我らの祖国が、卿の新たな偉業に貢献できるとは光栄の至り」
男の言葉には、わずかに訛りがあった。そして親父によれば、“光栄の至り”ってのは、死んだ爺さんの口癖だったらしい。いくぶん作為的な間があったから、意図的に現地語を混ぜたんだろう。
俺は傍からビールのボトルを取ると、マカロフのスライドを後退させ、銃身とフレームの先端を使って王冠を抜く。生ぬるいビールを飲み干すと、当惑した顔の男の前まで拳銃を滑らせた。
「栓抜きなら間に合ってる。さっさと持ち帰れ。この国に運び入れた武器も兵器も人員も、何もかも全部だ」
「……馬鹿なことを。この取引が何千万ドルになるか理解していないようだ」
「お前こそ、理解してないようだな。というか、何か勘違いしてねえか」
俺が睨み付けると、男はわずかに酷薄な表情に変わる。面白いな。これが素の顔か。気持ち悪い薄笑いより、よほど好感が持てる。
「お前ら極東の未開人どもが巻き散らかしたゴミを掃除するために、俺が何十年掛けたと思ってる」
「笑わせてくれますな。この国の繁栄は、我が祖国の支援物資によるものだ。あなたは、その流れに乗って富を得たに過ぎない」
参ったな。こいつ、度し難いバカか。どこの国にも一定数はいる、無教養な“自称・真人間”。それに小さな権威を持たせると高確率でこうなる。個人的経験からすると、旧共産圏に多い。他人のことは笑えんか。俺だって、そのひとりになるところだったんだからな。
思わず笑い出した俺を見て、怒りを露わにした男はますます小物ぶりを発揮し始めた。
「笑うのをやめろ! 自分の立場を理解できないのであれば、ここから無事に帰れる保証はできない!」
「ああ、お前がな」
スイングドアを蹴り開けて、テオが入ってきた。後ろ手に引きずっていた“黒スーツの男”をカウンター前に放り出す。
「待たせたな、アニキ」
「なッ⁉︎」
カウンター内の男の反応は、俺たちふたりとも完全に無視した。
「全部で十七人、武器は“減音器付マカロフ”だ。色違いがふたりいたが、そっちは別口みたいなんで逃した」
「別人種の所属は?」
「わからんが、英語だった」
男の手下が十五名と、こいつらの対抗勢力からの監視が二名か。西側の大手、となれば逃したのは的確な判断だ。
床に転がった男を見ると首が折れ、後頭部が陥没している。テオが加減を間違えるとは珍しいな、と思った俺に、中年チンピラは手のなかに握りこんでいた殴打用革筒を振る。
「俺の腕が鈍ったんじゃねえよ。こいつら、興奮剤をやってた」
「なんだそりゃ。国の息が掛かったにしちゃ、安い手を使ったもんだな」
カウンター越しに振り返ると、男の目が泳ぐ。ずっと違和感があった。“軍民官の協働による干渉”というには、お粗末すぎる。特に、この窓口になっているらしき男が、あまりにも安過ぎる。
「銃撃戦でも期待してたか」
動揺が顔に出る時点で三下だ。なるほどな。“元武器商人の富豪”を深夜の遊園地に呼び出したら、護衛を引き連れてくると思ったか。そこで銃撃戦が起きれば、公的機関のスタッフを傷つけたとか難癖つけて国対国の問題に持ち込むことも……かなりの無理筋ではあるが、出来なくはない。
国際問題になれば、この国の交渉能力は低いからな。一般常識が通じない共産国が相手なら尚更だ。
「残念だったな、ミスターMIB。君たち捨て駒は今夜ここで、何の痕跡も残さず消えるよ」
「……この、蛮族どもが。地獄に落ちるがいい」
俺は尻から自前の自動拳銃を取り出すと、憤怒の表情で睨みつけてくる男に笑う。
「お先にどうぞ」




