静かな咆哮
「なんだ、お前ら」
赤い頭巾を巻いた、虎獣人の女性。若く見える、というか強そうに見えるけど、年齢は……わからん。二十から五十までのどこかだ。背中に何本も剣か鉈かよくわからん武器を背負ってる。不機嫌そうな顔ではあるが、殺意はちょびっとだけ引っ込んだ。ほんの、ちょびっとだけ。代わりに警戒心が前に出てきたから状況は好転してない。
「あたしはシェーナ。ええと……あれだ。“魔王”と同郷の、転移者だ。そいつらはあたしの仲間で、ジュニパーとミュニオ」
「ぼくら、やだるさんの話はミチュ村のネルから聞いたんだ」
「……あの仔猫どもか」
「そうなの。ネルとハミとルーエ。わたしたちは、三人と一緒に帝国軍の砦を潰したの」
不承不承という感じで、ミュニオの銃を手放しジュニパーに突き付けていたスコップを下ろす。
過去を振り返っているのか、ヤダルさんの目が少し上に動く。どこか不満そうなのは、小さな獣人を戦いに巻き込んだと思ってるからだろう。仔猫ちゃんたちによれば“二つ前の冬に来た”ってことだから、一年半だか二年だか経ってるわけだ。
「ああ……たぶん、アンタが知ってる姿より大きくなってる。もう三人だけで狩りもできる。弓矢の腕は、並の人間より上だ」
「ふざけんな、砦を攻めるのとは訳が違うだろうが。あの辺の狩りなんて、せいぜいが鳥やウサギ だ。砦となれば武装した男が十や二十は……」
「うん。四、五十はいたかな」
「おい!」
無邪気に答えたジュニパーを睨むが、“仔猫どもに怪我させたんじゃねえだろな”っていう“おい”だ。
この殺気の塊な姐さん、案外これで良いひとっぽい。
「大丈夫だよ。誰も怪我ひとつしてない」
「……」
「砦に捕まってた村の仲間を助けたいって、頼まれてさ。彼女たちの気持ちを汲んで、銃を渡した。扱いも教えた。ひとりずつサポートもした」
「……それで」
「穴倉に隠れてた指揮官以外は、ほとんど彼女たちが殺した。アンタが思ってるより、たぶんずっとしっかりしたお姉さんになってるよ」
仔猫ちゃんたちの射撃精度を話そうとして自分の目を指すと、なんでかヤダルさんはすぐに理解したようだ。呆れ顔で首を振り、ため息交じりで“同類か”と漏らす。なんだ、同類って。
「……で、だ。あたしたちは彼女らと別れて、ソルベシアに向かってるとこなんだ。ここでなんか取り込み中だったとしたら迂回するけど?」
「いや、もう終わった」
スコップ持ってるってことは、ヤダルさんが死体を埋葬してたのか。殺した敵か亡くなった知り合いかは知らん。疫病発生源になるから、なんにせよ埋めるとこまでは同じだろう。
嫌な予感が、ちょっとだけした。視線を合わせて、ジュニパーがヤダルさんに尋ねる。
「あの、この塚……お墓?」
「ああ」
「この森の……有翼族の子たちが、犠牲になったの?」
ミュニオの言葉に、ヤダルさんは不審そうな目で見てきた。簡単に事情を説明する。面識があったこと。シャーリーさんから聞いて、彼らの様子を見にきたこと。証明しようもないが、あたしたちが嘘をつく必然性もない。軽く鼻を鳴らして、虎獣人の姐さんは首を振る。
「いや、有翼族どもは東の山脈に逃した。残ってるのは殿軍だけだ。塚の下に埋めたのは、エルフだよ」
「……エルフ? それは、アンタの仲間か?」
「いや。ソルベシアの旧都から落ち延びてきた反王派の連中だろう。偽王ミキマフの走狗どもに、嬲り殺しにされてた」
その、偽王の手下は……って、聞くまでもないか。
「当然、嬲り殺しに遭わせてやったが、どうしたもんかな。埋めてやる義理もねえが、放置しといたら……なんだ、その牧場の家族に迷惑が掛かる」
なるほど、疫病の原因になるか。牧場まで二、三キロだしな。それに、ソルベシアから増援が来たら殺害への関与が疑われる。あの夫妻なら実力で排除くらいは出来そうだけどな。
「そんじゃ、その死体はあたしが処分するよ。牧場の家族には世話になったから。それで、とりあえずの問題は解決するんだし、な?」
「ハッ、笑わすんじゃねえよ。無数のクソどもが手前勝手な都合を振りかざして、あちこち燻ってるところにデケぇ火種が突っ込まれるんだ。大問題が起きんのは、こっからだよ」
ヤダルさんは笑い含み自嘲気味にいうが、眼は全く笑ってない。意外に澄んだ瞳の奥に、殺気を含んだ光が瞬く。その視線が向く先は、ミュニオだった。
「面倒臭そうなのが、出てきた……って、いうのは。……やっぱり、わたしのことなの?」
「……わかってはいるんだろ。お前も」
何の話だ。ミュニオは、ヤダルさんの敵じゃないし敵対するような立場になるはずも……
「誰からも、何も知らされてなかったの。でも本当は、ずっと。覚悟はしてた。予想もしてたの。どうなるかも。どうするべきかも」
ミュニオは、そういって笑った。憤怒の虎獣人と同じ、微塵も笑ってない眼で。あたしが視線を泳がせた先で、ジュニパーが痛ましげな顔を微かに振る。
「だから、ここに来たの。答えを、見つけるために」
「その魔力波長、目の奥で瞬く緑の虹彩。聞いていた通りだ。お前は、ミュニオ・ソルベシア。滅びた王家の血を引く機能特化エルフ。命の森を贖う力、“恵みの通貨”を持った……偽王に対抗できる、この大陸で唯一の存在だ」
そうか。そうなんだろうなって、あたしも覚悟を決める。ヤダルさんの言葉は、単なる区切りでしかない。わかってたんだ。三人で過ごした楽しい旅は、もうすぐ終わりを迎える。そして、ここからは。
戦いのときだ。




