森の小径と死の遣い
あたしたちは、牧場から北に二、三キロくらいのところにある森に向かって車を走らせていた。シャーリーさんから、有翼族が暮らしていると聞いた場所だ。ソルベシアに向けて北上するついでだから、赤ん坊を渡した子たちが無事に戻れたのか聞いてみようかと思っただけ。上手いこと会えれば良し、会えないなら、そんときはそんときだ。
「あんときの誰かいるかなー?」
「飛んでる姿は、見当たらないね」
「シェーナ、ジュニパー、あれ」
草原から森へと繋がる辺りに、妙な塚みたいなものが並んでいた。
ジュニパーがその横で車を停め、エンジンを切る。近付いてみると、それは白っぽい円錐形の山だった。
直径二メートル高さ一メートルほど。森の入り口近くにふたつ、その間を抜けるように森の奥へと小径が続いていて、森の奥にもふたつ。もっと奥にもふたつある。
なんだろ、これ。有翼族のフンが堆積したものとか? 有翼族と鳥がどこまで共通なのか知らんけど、海鳥の営巣地は岩場に白っぽく固まってるって聞いたことがある。平地にこんだけ一箇所に貯まるもんかな。鳥類は少しでも体重を軽減するためにフンは小刻みに排出するはず。森からの距離を考えると微妙に違うような気がする。
「ジュニパー、これ何かわかる?」
「う〜ん……ごめん、ぼくは聞いたことない。でも、この匂いはどっかで……」
物知りジュニパーも珍しく知らないようだ。近くに寄ると、たしかに何かツンとした匂いがする。あんま鳥フンぽくはない。蟻の巣のようにも見えるけど、統一されたサイズと丁寧に固められた跡からして人工物だ。
ざっくりいえば大きな白い三角コーンで、特に危険な感じはしない。調べようと思ったのは単なる興味からだ。なんというか、異文化臭と鳥居的な風情がある。なんかの信仰的象徴なのかな。
ミュニオは、塚そのものよりも周囲を見渡しながら何か考え込んでいる。表情に警戒した様子はないが、背中に掛けていたカービン銃を手元に抱え直していた。
「……これ、お墓じゃないかと思うの」
「え? 有翼族って、あの小さな子たちだよな。こんな大きな墓を作るもんなのか?」
有翼族は元々こちらの大陸にあまり棲んでいなかったらしいから、ジュニパーもミュニオも詳しくはないようだ。どんなお墓を作るのかも知らない。
「有翼族はわからないけど、この表面が白くなってるの、石灰だと思うの」
「石灰?」
「そう、中北部に多い岩なの。疫病を防ぐ御呪いとして、獣人は細かく砕いてお墓に撒くって聞いたことがあるの」
「なるほど。……いや、ちょっと待って、こんだけの大きさと数のお墓が並んでいるのだとしたらさ」
「うん、まとめて埋葬するような状況があったってことだよね」
ジュニパーが、そういって森に目をやる。ランクルのエンジンを切ったときの違和感に、ようやく気付いた。周囲が妙に静まり返っている。鳥や虫の声さえないのが気になった。有翼族が住む森だと聞いたのに、囀りどころか何の気配もない。
「気配がないんじゃない。気配を殺してるの」
「誰が、何のために……」
あたしはミュニオにいいかけて、思わず鼻で嗤う。そんなん、敵があたしたちを迎え討つために決まってら。
「ねえ、こっちの土、掘り返してそんなに間がないよ。お墓だとしたら、まだ新しい」
「待って、匂いが……ッ!」
ミュニオが振り向きざまカービン銃のローディングレバーを操作し、マグナム弾を発射しかけて止まる。
「……なーんだ、お前ら」
手が届くくらい近くに、そいつはいた。手遅れになるまで、まったく気付かなかった。五感の鈍いあたしはともかく、この世界でも鋭敏な方に入るミュニオとジュニパーさえも。
そこだけ闇夜を切り抜いたみたいに、触れられそうなくらい濃い殺気。ミュニオが構えたマーリンの銃身を、そいつは片手で跳ね上げた状態に押さえていた。もう片方の手では、救出に飛び込もうとしたらしいジュニパーを押さえている。喉元にスコップの先端を突き付けられ、ゲル状にさえ感じられる殺気に当てられてふたりとも……あたしも入れれば三人とも、身動きひとつ出来ずにいた。
「……このクソ面倒臭せぇときに、クソ面倒臭そうなのが出てきやがった……」
地獄の底から響き渡るような声。殺意をサンプリングして鳴らしてるみたいな音。いままでも、悪意や殺意は向けられてきた。殺し合いもしてきた。でも、これは違う。なにか別のものだ。桁違いの死を乗り越えてきたのか、こいつが死そのものなのか。無数の武器を身に付けて、血の色の布を頭に巻いた……
……って、あれ? この“人型にくり抜いた死と殺意”さんのディテールを拾ってゆくと、どっかで聞いた人物像と重なってゆく。あたしとミュニオとジュニパーは、怪訝そうな視線を合わせて首を傾げる。
もしかして、このひと……
「「「“やだるさん”?」」」




