新たな旅立ち
翌朝、シャーリーさんお手製のムチャクチャ美味しい――そしてえらいボリュームの――朝食をご馳走になって、あたしたちは再びソルベシアに向けて旅立った。まあ、牧場のある辺りも広い意味ではソルベシアと呼べなくもないみたいだけど。
お礼は、受け取ってもらえなかった。金貨銀貨は必要ないし、元いた世界の物資も贈り物にできるような代物は持っていなかったし。渡せるのはウサギ肉くらいか。でも、牧場周りでもよくいる獣で駆除がてら常食してるみたいだから少し違う気がする。そもそもが、ケインさん夫妻は満ち足りた暮らしで何も困っていないのだ。
「もしかしたら、だが……エリの45ロングコルトを調達してもらったのではないかな?」
「え……ああ、はい。そのときは、知らなかったんで」
サイモン爺さんの寿命を切り取ってまで手に入れたとなれば少しだけ気に病むところがないわけでもない。厳密には違うけどな。爺さんは爺さんの時間をふつうに過ごしているだけだ。こちらの世界にいるあたしたちとの接点がズレるだけで。
「だったら、むしろお礼をしなければいけないのわたしたちの方だよ。ありがとう、お嬢さんたち」
「……ああ、うん。こちらこそ、本当に、楽しかった。久しぶりに、ちゃんとした家庭の空気を味わえた」
「いつでも遊びに来て。あなたたちなら、大歓迎よ」
シャーリーさんに抱き締められて、ジュニパーとミュニオも笑いながら涙ぐんでいる。
「「はい」」
なんだかな。里心がつくっていうのかな。素晴らしいひとたちで、素晴らしいおうちだけど。ここにいたら、自分たちが弱くなる気がする。だから、今日ここを旅立つのは正しいんだと思う。
なにかあったら、受け入れてもらえる場所があると思えるだけで、心は暖かくなる。
「そんじゃ、またねシャーリーさん、ケインさん」
「ありがとう、なの」
「ありがとー」
ジュニパーの運転で、牧場の敷地を出る。玄関前で夫妻とスタッフとティアラちゃんが見えなくなるまで見送ってくれてた。
丘の向こうに見えなくなって、あたしたちは前に向き直る。北へ。ソルベシアへ。自分たちの、向かうべき場所へ。
「良いひとたちだったな」
「うん。ごはんも、すっごく美味しかった」
「お風呂も、気持ちよかったの」
エリがあんな感じに育ったの、わかる気がする。たしかエリはこっちに来て半年ほど暮らしたっていってたから、牧場の整備が終わった頃に家を出たんだろう。なんとなく、だけど。彼女が荒んだ地を目指したのも、いまのあたしたちと似た感じだったのかもなと思った。
あの家にいたら。あのひとたちと一緒にいたら。すごく幸せだと思うのに、どこかで怖いのだ。
「ね、シェーナ」
運転席の爆乳美女が吐息を漏らす。首に掛けてた赤いカウボーイハットを、斜めに被って笑う。
「いまなら、まだ間に合うよね」
「ん?」
「わたしも、そう思ったの。生きるか死ぬか、食うか食われるか、そういう場所に向かうとしたら、いましかないって、感じたの」
ちょびっとだけ“牧場に戻りたいのかな”と思ったけど、違う。あたしとミュニオとジュニパーは、同じ方を向いて同じことを考えてる。あたしたちは、いま自由な旅路を選んだんだ。
自分の力で進む道を選ぶ自由。傷つき悩み苦しみ、殺す自由と死ぬ自由を含んだ旅路を。
「“生きてるって感じ”って、きっと良いことばかりじゃないよね」
「うん」
「それでも、わたしは進みたいの。ふたりと」
「ぼくも」
「あたしもだよ」
そういって、ミュニオにカービン銃と弾薬の入った携行袋を返す。チビエルフは微笑んで、少し顔を引き締めた。
「すごーく幸せな経験だったけど、ちょっとだけ気持ちが緩んじゃった気がするの」
「ああ、気持ちを引き締めないとな」
「うん。でも朝の“ちーずおむれつ”、美味しかったなあ……」
「「ジュニパー?」」
あの夢のような食卓を思い出しながら、あたしたちを乗せたランドクルーザーは遠くに見える森に向かって草原を走り続けた。




