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ミノタウルスディナー

 サイモン爺さんの件は……後で考えよう。うん。問題を先送りにする癖がついてるな。

 とはいえ、いますぐ死んじゃうわけでもなさそうだし、あたしの頭じゃ“魔王の推測”とやらに理解が及んでいない。

 “サイモン爺さんとの取引額によって元いた世界で流れる時間が加速する”

 いってることはわかるけど、理屈が腑に落ちない。金貨銀貨が流れ込むと時勢がスピードアップ? そんじゃ金貨を何百何千何万と注ぎ込んだら――爺さんが朽ちてく問題はさておき――向こうの世界は未来になったりするのか? それはそれでおかしくない? じゃあ逆に、あたしたちのいる世界の時間の流れが遅くなるのか。いま爺さんが暮らしてるのは西暦何年なんだ? そもそも、あたしの元いたのと全く同じ世界なのか? 

 それが事実だったとしても、あたしたちに出来ることはない。仮に渡した貨幣を返してもらったって巻き戻りはしないだろうし、武器も弾薬も燃料も使っちゃったし。あたしたちが買い物するたびに爺さんの生きる時間を奪ってるってんなら罪悪感もあるけれども。ズレが大きくなるだけだとしたら。()()()()()だ。もう帰れもしない別世界がグングン未来に向かおうと正直、知ったこっちゃない。


「……なんだかなぁ……」

「しぇーなー、ケインさんが、夕食の用意が出来たって」

「ありがと。行くよ」


 牧草地の真ん中で転がっていたあたしを、ジュニパーとミュニオが迎えにきてくれた。気付けば空も黄昏に染まってる。ずいぶん長いことボンヤリしていたようだ。


「どうしたの? どこか身体の調子でも悪いの?」

「大丈夫だよ、ミュニオ。なんでもない」

「もしかして、食べ過ぎ?」

「いや待て、ふたりと同じもの同じ量だけ食べてるよね? なんであたしだけ食べ過ぎる状況があんだよ?」


 あたしは笑いながらジュニパーの脇腹をつつく。不思議な話だけど、この世界に来て以来センチメンタルな気持ちになったことはない。ホームシックに掛かったことも。良くいえばポジティブシンキング。悪くいえば物事を深く考えず生き延びることだけを最優先にしてきたせいか。

 そして、ふたりが傍に居てくれたからだ。


「……ありがとな、ふたりとも」

「ん〜? なにが“ありがと”か、わかんないけど……じゃあ、ぼくも“ありがと”」

「じゃあ、わたしも“ありがと”なの♪」


◇ ◇


 エリの実家の食堂は貴族の家にでもありそうな長い大テーブルだった。

 けど、そこにみんな揃って座る。お客(ゲスト)家族(ホスト)も、牧夫や庭師などのスタッフも。食前の給仕を終えたら、料理人やメイドさんたちもだ。

 エリの両親は元々が階級制度のない国の一般家庭育ちだから、かしずかれて飯なんか食いたくないらしい。それはあたしも同じなので、気持ちはわかる。


「主菜の切り分けは、家長がする。それがマクファーソン家のしきたりだ」

「「「へえ……」」」

「……まあ、俺の代から作ったんだけどね」


 なんだそれ、アメリカンジョークか。あたしたちには笑いどころがわからん。そもそもエリん()、アメリカ人なんだっけ?


「この肉は、まだ出荷を始めたばかりの新しい品種だ。自信作なんで、ぜひ味わってみてくれ」

「美味しそおぉ……♪」


 それぞれの皿に盛られたのは、ミディアムレアな感じの分厚いローストビーフ。いや、分厚いというレベルではなく、ちょっとした辞書くらいある。すげえな。肉のインゴットだ。


「天然の牧草飼育(グラスフェッド)だから赤身肉(レッド)だけど、ジャパニーズは霜降り肉(マーブルド)の方が好みかな?」

「いや、あたしは赤身肉の方が好きかな。まあ、日本じゃビーフは薄切り肉(スライス)がほとんどだったけど」


 温野菜のサラダにマッシュポテト、白くて丸いパンにバター。どちらも自家製っぽい。

 カトラリーも自分とこで作ったのかな。こっちの世界で見た食器は木匙と二股のフォークくらいだったのに、ここのフォークもナイフもちゃんと鉄で仕上げも綺麗だ。フォークは四つ又、ナイフは肉が切りやすいように少し波打った刃が付いてる。

 

「さて、では気まぐれな神に感謝を」

「「「感謝を」」」


 なんかユルい感じのお祈りとともに食事が始まった。付け合わせやパンの追加はふつうに皿やボウルを手渡して各自で取るスタイル。この辺は映画とかで見た欧米の食事風景っぽい。


「うぉおお……これ、すっごい美味い!」

「おいひぃ……」

「とっても柔らかくて、とろけるの」


 塩と香草で味付けしただけのシンプルなものなのに、焼き加減が絶妙で肉自体の香りも素晴らしい。噛むたび溢れ出す肉汁の味がジューシーで堪らん。

 あたしたちが大喜びでかぶり付いてるのを見て、エリの両親は嬉しそうに笑う。同じテーブルで食べてるスタッフのひとたちも、自分たちの仕事が褒められたせいかすごく満足そうだ。

 実際このローストビーフ、ムッチャクチャ美味い。


「シェーナたち、お酒は飲める?」


 エリママのシャーリーさんが果実酒の入ったピッチャーを指す。地物の作物で試作した自家製らしく、スタッフや家族で飲みたいひとはそれを飲んでる。美味そうだけど、アルコールは試したことないのでやめとこう。


「いや、あたしは未成年なんで」

「ぼくは七歳だから」

「わたしも、飲むとすぐ寝てしまうの」


 いまさら気付いたけど、あたしたち全員お酒はダメなのか。実際、ここまでの道のりはずっと気を張ってて、飲酒なんて考えたこともなかった。

 ノンアルコールが良いひとは冷やしたハーブティ。あたしももらってるこれがサッパリしてすごく良い。


「このお茶、すごく美味しい。ちょっとジャスミンティに似た香りで」

「わたしが調合したのよ。こちらに来て薬師の修行をしたから薬草には詳しいの」


 シャーリーさん多芸多才だな。薬師で錬金術師で、なんだっけ。治癒術師か。元いた世界の酒や料理も彼女が主導で再現してるみたいだし。

 夫妻ふたりとも……娘のエリもだけど、この世界を楽しんでる感じが伝わってくる。こういう生き方が出来たとしたら、元いた世界との接続を求めたりしないのかもな。

 あたしは、どうなんだろう。ミュニオとジュニパーを見ると、幸せそうな笑顔が返ってきた。


 うん。ふたりがいれば、どうにかなりそうな気はする。

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