流れる時とBLT
あたしたちはケインさん夫妻に牧場を見せてもらい、飼ってる馬やら働いてる従業員たちに紹介してもらった。農場やら厩舎やらを回るあたしたちの後ろを混血魔物馬のティアラちゃんがひょいひょいとついてきて、ジュニパーと嬉しそうにじゃれ合う。
「そっかー、みんな仲良くしてるんだねー」
「へえ、あのお爺ちゃん馬、孫そんなにいるの?」
ティアラちゃんはふるふるいってるだけなのに、なんかジュニパーとは会話になってるっぽいな。
「もしかして、ミュニオも理解できる?」
「ティアラの感情は伝わってくるけど、それだけなの」
なるほど。魔物とのコミュニケーションは、エルフでも限界はあるのか。最近あんまりジュニパーが水棲馬だって意識してなかったから新鮮ではある。
なにやら話し込んでいた当の爆乳魔物ガールは振り返ってエリママを呼んだ。
「シャーリーさん、奥の馬房が隙間風で寒いんだって。下の方、板で塞いで良い?」
「あら、助かるわジュニパー。なんか不満そうだったけど、理由がわからなくて困ってたの。大工仕事ならドワーフのタイオが得意なの。タイオー?」
呼ばれて駆けてきたのは明るい笑顔の小柄な青年。いわゆるドワーフのイメージよりずいぶん若々しい。実際に若いのかも。あたしたちが会ったドワーフって、お爺ちゃんが多かったからな。あといけ好かない……まあ、それはいいや。
そのタイオさんは厩舎の外壁をあっという間に綺麗に直して、馬房を見たティアラちゃんは満足そうに嘶く。
その後も農場の手伝いなんかしてるうちに、メイドさんたちが昼食のバスケットとティーセットを運んできてくれた。井戸から水を汲んで手を洗い、ケインさん夫妻とガーデンテーブルみたいなところに座る。
「夕食はみんな一緒だけど、昼はそれぞれ勝手に取るんだ」
「ほら、けっこう仕事場が離れてるから、戻ってくるのが面倒なのよ」
シャーリーさんが指すのを見て納得した。屋敷と農場で数百メートル、家畜を放牧してるエリアは遠いとこだと一キロ近い。馬を運動させるとなると柵の外に出ることも多いようだしな。最初のうちは馬で行き来をしてたけど、だんだんいまのスタイルに変わってきたそうな。
「さあ、食べてくれ。うちの自慢のベーコンだ」
バスケットから取り出されたのは、いわゆるBLTサンドウィッチだった。ベーコンとレタスとトマト。当然ながら、地物なんだろう。
「ベーコンはわかるけど、こんな野菜、こちらの世界にもあったんだ……」
「トマトは、元いた世界とかなり近いものがあったよ。レタスは品種改良して作った近似種だ。これの野生種は苦くてね。最初は苦労したものだ」
「レタスの野生種って?」
その苦い味を思い出したのか、シャーリーさんが苦笑しながら教えてくれた。
「いちばんイメージが近いのは、あれね。西洋タンポポ。あの葉っぱを齧ってるようなものだったわ。硬くて苦くて臭くてエグくて、しかも芥子に似た鎮痛催眠効果があるから連食すると眠くなるの」
なにそれ、本当にレタス? 逆にかけ離れすぎてイメージできない。
「大丈夫よ、うちのはもう完全にレタスといってもいい品種に育ってるから」
「「「いただきまーす」」」
胚芽パンみたいなチョコっぽい香りのする薄切りトーストに、分厚いベーコンと綺麗なグリーンのレタス、そしてルビーみたいな透明感のある色合いのスライストマト。ドレッシングとマスタードとバターの風味が追いかけてきて渾然一体となったそれは素晴らしい味わいだった。
「……う、美味ぁッ!?」
「うわぁ……すっごい、これ!」
「とっても美味しいの」
ガツガツと食べるあたしたちをにこやかに見ながら、ケインさん夫妻はここで農場を始めた頃の苦労話を楽しそうに語ってくれた。森を切り開いて、魔物や肉食獣を駆除して、石やら岩やらをどけて、灌漑整備をして。半年くらいで現在のような環境にはなったというから思わず二度見した。
「半年⁉︎ 森が⁉︎ それ、どうやって⁉︎」
「ケインは魔女の弟子になったほどの魔導師だもの。そこは力技よ」
「わたしが怪我やら魔力切れで倒れると、この薬師で治癒術師で錬金術師のシャーリーが無理やり引きずり起こしてね。こう、凄まじい味と臭いの薬を口に流し込んできたもんだよ」
「ちゃんと元気になったじゃない」
そういってシャーリーさんは優雅に笑うけど、“鉄の睾丸”と呼ばれ恐れられたエリのお母さんだけあって、けっこう豪快なひとなのね。
大満足の昼食をご馳走になり、あたしはふと思いついて夫妻にいってみた。
「そういえば、あたしはサイモンっていう向こうの商人と繋がることができるんだ。理屈は、わかんないけど。何か必要なものがあれば手に入れるよ?」
「……いや、ありがたいが、やめておこう」
「へ?」
てっきり喜んでくれるだろうと思ったら、ご夫妻はふたり揃って困った顔で首を振る。
「それは、故郷を思い出すから、とか?」
「そうじゃない。たしかに思い出しはするだろうが、それで辛くはならないよ。妻と娘さえいれば幸せだ。わたしは、この世界の暮らしに何の不満もない。ただね、わたしたちの都合でサイモン氏に無理をさせたくないんだ」
「無理? いや、ただの商取引だよ? 体力を使うわけでもないし、精神を削ったりも……たぶん、ない」
「ケイン、その前に話すべきじゃないかしら」
「ああ、そうだな。推測でしかないが、それはそれだ」
え、何の話? なんか怖い発表でもあんの?
そもそも、彼らはあたしの能力を聞いてもあまり驚かなかったな。なんだか、サイモン爺さんを知ってるみたいだ。
「そのサイモン氏は、現在いくつくらいかな」
「ええと……かなりのお爺ちゃんだよ。年齢を聞いたことはないし、人種が違うから見てもハッキリしないけど、たぶん七十とか八十とか、そんな?」
「やっぱり、そうか。ジャパニーズの魔王ターキフから聞いた話じゃ、彼が取り引きしていた頃のサイモン氏は年下で、三十前後の若造だったそうだ」
やっぱり、知ってたのか。爺さんが三十てことは、半世紀近く前か。そのターキフがサイモン爺さんより年上ならもう、かなりの高齢だろう。
「その魔王は、もう亡くなった?」
「いや、しばらく前に夫婦で旅に出たよ。ここの北の方に大きな物資集積所を作って、愛用の道具以外はみんな置いてね。ふたりで西の大陸に向かって、そこで第二の人生を始めるのだとか、いっていたが」
……ん? ちょっと待って。第二の人生って、ふつう死にかけた年齢では始めない気がする。
「ケインさん。いま魔王って何歳くらい?」
「聞いたことはないが、見た目はわたしより少し上くらいだったね。いまなら五十前後かな」
「……計算、合わなくない?」
「ああ。だから、さっき止めたんだよ。ターキフがサイモン氏との接触を絶ったのも同じ理由だ。彼と商取引するのは、シェーナが必要なときだけにするべきだと思うよ」
「いや、そんなに用はないから実際そうしてるけど、それ……どういう意味?」
「これは魔王ターキフの推測と、経験からの試算でしかないんだがね。向こうの世界とこちらの世界で、時間の流れに不均衡が生じている。しかも、それは一定じゃない」
「ああ……うん?」
何か大事なことを伝えようとしてるのはわかるけど、イマイチ論旨がつかめない。思わず怪訝そうな顔したあたしを見て、ケインさんはいった。
「その差異は、おそらく商取引の規模……こちらから向こうに渡った貨幣の金額で加速される」




