ダディ・オー
「シェーナ」
翌朝、夜が明け切らない時刻にあたしはミュニオに揺り起こされた。うっすらと明るくなってきてはいるものの、明け方の森には朝靄が掛かって、視界はまだハッキリしない。木々の間では鳥たちが騒がしく活動を始めている。
「どした。敵か? 害獣?」
「馬が来るね」
ジュニパーが面白がってる表情でいう。
馬? ミュニオがカービン銃を用意していることから、野生馬ってことはなさそうだ。緊張も警戒もしてないから、敵意や悪意を持った相手じゃないのもわかった。
森の奥から現れたのは、馬に乗った男だった。中年というより初老のような、枯れた感じがするオッサン。穏やかな笑顔で、どこか肝の据わった印象があった。
「やあ、こんな時間にすまない」
十五メートルほどのところで馬を止め、こちらに声を掛けた。武器は持っていないというように両手を見えるところに上げている。安全そうな人物で、さらに安全な人間だとアピールしてる。ずいぶんと手の込んだことだな。
「変わったものが目に入ったので、つい見に来てしまったんだよ。わたしは、ケイン」
「……ああ。あたしはシェーナ。こっちは、ミュニオとジュニパーだ」
ミュニオがマーリンの銃口を下げながら、あたしたちにだけ聞こえる声で囁く。
「危険な相手ではなさそうだけど、たぶん中位魔導師なの」
「え」
変だな。見たところエルフではなく普通の人間っぽい。というかむしろ、元いた世界の人間っぽい。これは、あれだろ。
「お嬢さんたちは、魔王の知り合いか?」
「いや。アンタがそう考えたのは、赤い服を着てるからか?」
「まあ、そうだな。でも、ここまで来るきっかけになったのは、その軍用三角テントだ。そんなもん、こっちにはないからな」
「ぱっぷ? えーと……こっちってことは、やっぱりアンタ、エリの親父さんか?」
「ん? 娘に会ったのか」
オッサンは、ニッと嬉しそうに笑う。笑顔は無垢な印象で、けっこう子供っぽい。よく見ると、被っているのは手製らしきカウボーイハットだ。赤くはないけどな。
「ああ、アドネでな。元気にしてたよ。あたしたちがソルベシアに行くっていったら、両親の牧場を訪ねてみろっていわれてさ」
あたしがいうと、親父さんは大笑いして両手を広げた。
「もちろん、大歓迎だ。ぜひ来てくれ。この先、三十マイルほどあるんだが、移動の足はあるかね?」
「うん。ランドクルーザーがある」
「それは素晴らしい」
あたしが収納から出したランクルを見て、“日本製のピンクパンサーか”と親父さんは嬉しそうに目を細める。サイモン爺さんから買ったときにもいわれたけど、ピンクパンサー有名なのか。
野営跡を手早く片付けると、ジュニパーの運転で牧場に向かう。ゆっくり目に走る車の横で、馬が興味深そうな顔をしてた。
「……ん?」
親父さんの馬はひょいひょいと少し先導する感じで振り返りながら自動車にペースを合わせてくれてる。そのリアクションがどうにも人間ぽいというか、ふつうの馬より知能が高そう。ちょっとだけ、水棲馬のときのジュニパーに似てる。
「いまは森で視界が塞がれているが、北西に十マイルも行けば赤い屋根のサイロと屋敷が見えてくる。オーバーヒートが心配なら先に行っててくれて構わないよ?」
「その馬は、どのくらいのスピードが……いや親父さん、それホントに馬?」
助手席から訊いたあたしに、親父さんは馬の背を優しく叩いて大袈裟に肩を竦める。やっぱり、乗り手が操作してないのに馬が勝手に判断して動いてる感じだ。
「馬、ではあるね。少なくとも本人は、そう思ってる。ただ、品種改良が進んだせいで、少しだけ……変わった育ち方をしてる」
「絶対そんな軽い話じゃないだろ。さっきからずっと、その子こっちを気にしてるし。たぶん話も理解してるし。な?」
問い掛けたあたしの言葉に、馬――っぽく見える何者か――はニッて感じで笑う。無垢な笑顔は親父さんと似てる。さらにいえばエリとも。
「なあ、親父さん。この子、何と掛け合わせたの?」
「バイコーンとヒッポキャンプだ」
え? なんて?
「双角獣と海棲馬。彼女、ぼくのお仲間だよ」
いや……ぜんッぜん、馬じゃないよね⁉︎ それ、魔物と魔物のハーフじゃん⁉︎