クライベイビー
樹上の巣から聞こえてきているらしい赤ん坊の泣き声に、あたしたちは顔を見合わせる。
どうすんだ。助ける義理も筋合いもないとはいえ……いや、その是非以前に、だ。
「ジュニパー、あれ届く?」
巣までの高さは優に二十メートルはある。ジュニパーは前にそれくらいある城壁にも飛び乗ってくれたけど、問題は樹形だ。
「……途中に足掛かりがないんだけど」
「だよな」
なんていう木なのか知らんけど、ツルッとした木肌で上部にしか枝がない。翼のない生き物では登れない、この木を選んだのが咆哮大鷲なりの安全策なのかも。
「巣に、雛の気配はないみたいなの」
「だったら、わざわざ赤ん坊を攫ってくる必要なくないか?」
「成鳥が餌を運んでくるまでに、死んじゃったとか? 大鷲の番から生まれる雛は年に一から三羽、成鳥になれるのは一羽だけだって……」
「ふたりたも、話は後でいい。それより、あれ!」
樹間の隙間から見える空に、ゆっくりと旋回する巨大な鳥の姿があった。見たことないけど、あれがスクリーミンイーグルなんだろう。
これはどうにもならないかもしれない、と思い始める。ちょびっとだけ弱気になったあたしの気持ちを読んで、ジュニパーがふわりと笑う。
「諦める?」
「優先順位は自分たちだ。でも、できるだけのことは、してみたい」
「うん。じゃあ……ぼくがなんとか巣の高さまで飛び上がるから、シェーナはそこで降りて、赤ん坊を拾って」
「わかった……けど、そこからは? さすがに、あの高さから落ちたらあたしは死ぬぞ」
「女は度胸!」
「ムチャいうな!」
あたしが涙目でいうと、ジュニパーはコロコロと楽しげな笑う。なんだかすっかり高いところが苦手になった感じなんだよな……。
「冗談だよ。合図もらったら、ぼくがもう一度飛び上がる。絶対に大丈夫だから、赤ん坊を落とさないことだけ気を付けてくれる?」
「お、おう」
水棲馬形態になったジュニパーがあたしを自分の背に誘う。ランクルの荷台に登ったミュニオが、カービン銃を構えて静かな表情で笑った。
「援護は、任せるの。どんな敵も、ふたりに近寄らせないの」
上空の鷲が旋回しながら小刻みな上昇降下を繰り返してるのが気になった。こちらを襲ってくるつもりなんだろうか。
「いまから赤ん坊を喰うとかは、ないかな」
「たぶん、すぐに危害を加えることはないと思うよ。咆哮大鷲って、雛を失うと巣に入った他の鳥でも自分の雛みたいに世話することがあるらしいから」
それは、托卵のことか? それとも他の習性か?
なんにしろ、早く回収を済ませたい。こんなバンジージャンプの順番待ちみたいな状況が続いても何も良いことない。あたしが背中に乗ると、ジュニパーは木々の間を駆け抜けて飛び上がるための助走を始めた。
「……あれ、ちょ、待ってジュニパーさん、アンタどこ向かってるんすか」
加速が最高潮に達して、腹の底を揉みしだかれるような不快感とともに視界がブレた。