ミュニオの陰
かつてオアシスを含む大陸中北部一帯を治めていた王国イーケルヒ。帝国の侵攻を受けて国は滅び、王族もほとんどが死ぬか帝国に降った。侵略者への恭順を拒んだ王族がふたり、ソルベシアに逃げた。
「ソルベシアに逃げ落ちたふたりのうちひとりは、いまもそこで暮らしているらしいわ」
ドワーフの神使クレオーラ は、オアシスであたしにいった。詳しい話は聞かなかった。それほど興味もない。
でも、目の前のこいつは。忌み子っていうのは、たぶん、そのことをいってるんだ。
ミュニオの、血筋についての問題を。
「尻を丸出しにして何を偉そうにいってんだ、お前?」
「なにッ⁉︎」
「あたしの仲間を悪くいうなら、お前もここで殺す」
尻出しエルフはわずかに身構えたが、それだけだ。もう失うものもないと開き直っているように見える。
「なあ、お前ら……“ソルベシア魔王軍”、だったか。魔王ってのは、お前らにそんな名乗りを許したのか?」
「……」
「許すわけねえよな。そんなしょーもない嘘ついて、なんか意味あんの? この辺の連中は、その名前を聞いたら怯えて有り金出すのか? それとも、単に魔王の名を貶めるのが目的か?」
「……」
「なにが“ソルベシアを滅ぼすつもりか”だ、笑わすなよ。お前ら“エルフの楽園”から爪弾きにされたクズだろうが。他人様を誹謗中傷する前にテメエが悔い改めろ、バーカ」
「……」
あれ。けっこうわかりやすく挑発したのに乗ってこない。詰られて悔しそうな顔というよりも、己の無力さを悔やんでいるように見える。どうにも、解せん。
「……楽園、だと?」
尻出しエルフが、絞り出すように、いった。歯を食いしばり、握りしめた両手をぶるぶると震わせている。
「……お前たちに、なにがわかる。……あそこは、地獄だ。何万何十万もの死を呑み込んで広がる、森の形をした、地獄なんだよ!」
「あ?」
「そいつに訊いてみろ! 呪われたソルベシアンに! 死の森へと踏み込むすべての者に、贄と服従を強いる、血塗られた一族にな!」
あたしが銃を向けると、尻出しエルフはひどく嬉しそうに笑った。目だけが、怯えと絶望に潤み、泳いでいる。
「いいぞ、殺せ! 同じことだ! どこにいても、森は追ってくる! 人間もドワーフも獣人も、エルフでさえも! 逃れられるものは、ソルベシアの血を引く色付きだけだ!」
尻出しエルフは両手を広げて魔力光を纏う。低く身構え飛び掛かってこようとした女の頭が震えて破裂し、粉々の霧になって飛び散る。頭を失くした身体は土下座でもするように倒れた後、ブルリと震えて動かなくなった。
「……あ、……あッ」
手にしたカービン銃にすがって、汗だくのミュニオが泣きながら首を振っていた。蒼褪め、怯えて、しきりに手のひらをズボンで拭う。まるで自分のしたことが、汚らわしい行為だとでも思っているみたいに。
「ありがと、ミュニオ。助かった」
「……ち、……違う、ちがうの。……わ、……わたし、は……」
「落ち着け、大丈夫だから。誰も、お前を拒絶したりしない」
ミュニオは、あたしを見た。ひどく老成したような、何もかも諦め切ったような顔で。
「……出来損ない、なの」




