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虫けらの群れ

「……なにそれ」


 あたしの声に、ジュニパーとミュニオが首を傾げる。


「ソルベシアに軍があるなんて、ぼくは聞いたことないけど」

「わたしも、知らないの」

「いや、そっちはどうでもいいけど……」


 あたしは、“魔王”の方が気になる。赤い物を身に付けた、義賊というか世直し集団的な感じをイメージしてたんだけど。そうじゃないグループもいるのか、それとも現在は盗賊団に堕ちたか。

 男は、ふつうに薄汚れた生成りの服で赤い部分はない。赤い旗は掲げているが、赤というより汚れた朱色だ。サイモン爺さんからは、この世界には鮮やかな赤の塗料や染料が流通してないとか聞いた。となると、偽物か。


「全部で何十人いるか、ぼくは知らないけど。軍を名乗るには少ないと思うな。場所も中途半端だし、目的もよくわかんない」

「村を襲った仲間を待ってる、とか? それか、襲われた村から逃げてきた村人を捕まえるつもりだったか……」

「だとしたら、村から近いところでやるべきだと思うの」


 そうだな。あのいけ好かない村から、五キロほどは離れてる。他にも仲間がいて別の村を襲っているとか?


「わからん。どうでもいい」

「しぇなさん、ぐんって、とうぞく?」


 素直なコボルトたちの質問には、“そんな感じ”とか答えておく。これまで帝国軍を見たことないとしたら、知らんか。族長以上の集団を持たないナチュラルライフな彼らには縁のない話かも。


「ソルベシアは国じゃないから、軍も持ってないと思うよ? ソルベシアと呼ばれてる地域自体、まだ七、八百哩は先だし」

「ジュニパーのいう通りだけど、あの男、エルフなの。ソルベシアとの関係はともかく、たぶん、あれが盗賊団なの」


 ミュニオに改めていわれて、男を観察する。

 たしかにまあ、耳は長くて長身で、エルフのようには見える。ただ、なんていうか……品性が卑しい感じ。なんやら能書きこいてはいても実質ただの盗賊団なんだから卑しくて当然なんだろうけど、それ以上になんか汚らしい、歪んだ印象があった。


「ちょっとだけ揺さぶって情報を出そうかと思う。ミュニオ、援護を頼める?」

「任せるの」


 さっき村の前でやったのと同じく、あたしは両手を広げて丸腰だというところを見せながら、ランクルから少しだけ前に出る。


「なあ、アンタが魔王のお仲間なら、あたしたちが何者かは察しがつくだろ」


 自分でいうのもなんだけど、あたしはシャツもパンツも靴も、アホみたいに赤い。車の荷台で警戒態勢のミュニオが持つ銃も、フリンジ付きの上着も赤い。運転席のジュニパーの首から下がった赤いウェスタンハットは見えんかもしれんけど。

 これ見よがしに赤い旗を掲げているくらいだから、何らかの共通記号ということくらいは知ってるんじゃないのか、と踏んだのだけど。


「知らんな。魔王の眷属を騙る、蛮族の混じり者が出ているとは聞いたが」

「……なんだ、追加情報なし(ハズレ)か。魔王の下についた覚えはねえよ」

「なに?」

「笑わすなって話だ。それじゃよく聞け、野良エルフ」


 懐収納から自動式散弾銃(オート5)を出して男に向け、いわれたセリフをそっくり返してやる。


「“抵抗すると殺す”」


 威嚇に対して、相手はすぐに動いた。合図を送るために挙げられた男の剣を、散弾が腕ごと吹き飛ばす。引き千切られた腕を押さえた男が魔力光をまとったかと思ったら、すぐに頭が弾け飛んだ。ミュニオの支援に感謝しながら後続に銃を向ける。バリケードの向こうで人影が動いては倒されているようだ。あたしの視界外だけど、わずかに覗く血飛沫や悲鳴でわかる。支援攻撃しようとした弓持ち、かな。魔力光が混じっているから、攻撃魔法を放とうとしたのかもしれない。


「シェーナ!」

「大丈夫、見えてる!」


 遮蔽から飛び出してきた槍持ちのエルフが三人、次々に青白い光に包まれて加速しながら向かってくる。ジグザグに駆けてくるのは狙いを外す意図というより意識を向けさせるためのように感じた。

 こいつら、囮か。馬に跨った長剣装備のエルフが二綺、大きく回り込んで加速しながら突っ込んできていた。


「ミュニオ、こっちはいい! 馬を頼む!」

「わかったの!」


 目見当で振り撒いた散弾は敵を掠めただけだけど、いくらか被弾はしたらしく槍持ちエルフが怯んで飛び退る。速度が落ちれば良い的だ。連続して放った鹿撃ち用大粒散弾(バックショット)がエルフを捉えて血飛沫が上がる。

 左に視線を戻せば、既に騎馬エルフは頭を撃ち抜かれていた。首筋に覆い被さる死体に不快そうな顔をした馬が目の前で嘶く。ダラダラ流れ落ちる血とか、そりゃ気持ち悪いよな。


残敵(のこり)は?」

「ひとり、木の陰で震えてるの。手と魔術短杖(ワンド)は砕いたけど、それ以上は露出()してこなかったの」


 青白い光が瞬いているので、隠れている位置はすぐにわかった。

 あたしは馬の上から死体を収納、ついでに鞍と轡も外して馬を放つ。いくぶん不満そうな顔ではあるけれども逃がしてやるという意図は察したらしく、馬はこっちを一瞥して走り去った。

 バリケードに歩み寄りながら転がった死体を装備ごと収納する。金目のものは、あんまなさそう。最初に殺した細剣持ちの男が、革袋に少しだけ金貨銀貨を持っていたけど、それだけだ。

 自称ソルベシア魔王軍、資金は乏しいみたいね。


 使った散弾を銃に装填して、バリケードを乗り越える。長弓装備のエルフが三人と、杖を持った魔導師エルフがひとり。全員がミュニオのマグナム弾で正確に頭を吹き飛ばされてる。こちらの死体も装備ごと収納して、生き残りの隠れている太めの木に向かう。幹に小さく削れた跡があって、周囲に砕けた杖と血が飛び散っていた。

 ミュニオの射撃精度でようやく当たったってことは、よほど慎重に隠れてたんだろう。さっきからチカチカしてたのは、おそらく治癒魔法だ。念のため、反撃に備えて距離を置く。


「出てこい。抵抗すると殺す。お前らの情報を吐けば殺すのだけは許してやるよ」

「……だ、……れが、……信じる、か」

「信じてくれとは、いわないけどさ」


 木の横に見えていた杖を収納する。距離五メートルほどあったが懐に入れる感じで奪うことができた。陰に隠れているエルフの爪先が見えたので、布製の靴を奪う。さらに、振り上げられた足からズボンを。小さく悲鳴を上げて隠れようとした瞬間にちょびっとだけ見えた上衣も、隠し武器の投げナイフを吊るした革帯も、トランクスみたいな下着も。見えているものを根こそぎ剥ぎ取る。


「こっちは、いつでも奪える。物も命もだ。いい加減、諦めろよ」


 ミュニオが大回りに木を回り込んでくれてる。銃口を下げているところを見ると、相手に抵抗の意思……というか生命力は、残ってないのだろう。


「……この身を汚す、……つもり、……なら」

「いや、お前らの貞操観念とか知らんし。用が済んだらどこにでも行けよ」


 木陰のエルフは、少しだけ顔を上げてこちらを見た。エルフなので実年齢は不詳だけど、見た目は二十歳前後の女だ。あたしが剥いたので、全裸に胸だけサラシみたいのを巻いてる。それも収納してもいいけど、武器は隠してなさそうなので残しておいてやる。下は丸出しだな。うーん……


「……貴様、……おんな、か?」


 いや、なんであたしを見て首傾げる。“か?” じゃねえよ女だよ! 撃つぞこの野郎!

 思わずイラッとしたのがわかったらしく、ミュニオが抑えようと近付いてくる。


「待ってシェーナ、このひと、怯えてるだけなの。怖くて、まわりが見えてないの」

「……貴様」


 丸出しエルフの女が、よろよろと立ち上がってミュニオを見た。両手を握りしめて、感情を高ぶらせて。そこに敵意はないようだけど。


「……なぜ、……戻ってきた。……いまになって、なぜ」


 尻出しエルフの声に、ミュニオが少し怯んだ顔をした。こいつ、ミュニオを知ってるのか。

 穏やかな彼女の、知られたくない部分を。


「……ソルベシアを滅ぼすつもりか、“忌み子”が」

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― 新着の感想 ―
[一言] 元々ヨシュアが助けたエルフの中でも、大人たちはあまり素養のよろしく無いヤツは居たしな。 しかし数十年でソルベシアも、随分とアフォが増えたようで。
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