小さな警戒線
小さな林や茂みが点在する平野部をしばらく走ると、あちこちで鳥が飛び立つのが見えた。ウサギなどの大きめな四足動物は見当たらない。元痩せコボルトのふたりも狩りに苦労したそうな。視界が開けていて隠れる場所が少ないので肉食獣に食われてしまったのかもしれないという。
「ネズミみたいの、つかまえたけど、おいしくなかった」
「このへんの、とり、ちいさいし、はやいし」
「そっかー、お前らも苦労したんだなあ」
運転席の後ろの窓を開いて、荷台の連中と話しながら進む。彼らは、オアシスに残った仲間のコボルト七人の活躍を嬉しそうに聞いていた。七人のうちひとりは、群れの長の弟にあたるらしい。特徴を聞いたけど、いまひとつハッキリ特定するところまではいかない。もしかしたら、土漠群狼に噛まれて狂犬病になりかけたふたりの、片割れではないかと思う。
「……狂い死に、する、病気」
あたしの言葉に長は硬直して、不安そうな顔になった。ちゃんと治療して完治したはずだと、夜のうちに伝えてはおいたんだけどな。
「ああ、でも問題ない。薬が手に入ったから、いまごろオアシスで元気に暮らしてるよ。あたしたちが出発したのは、噛まれてから何日も後だしさ。その頃でも、誰もおかしくなったりはしてなかった」
「うん。そう、だよね」
「オアシスの神使様も付いててくれてるしな」
「しんし?」
知らんか。姿を現したのって、あたしたちがうるさくしてたからだもんな。
「ドワーフの、神様の通詞だっていってたな。神様の言葉を、伝えてくれるひと」
「みこさま?」
「あたしは詳しくないけど、たぶんそんな感じだ。そのひとがコボルト好きみたいで、面倒見てくれてた。困ったことがあったら、助けてくれてるはずだ」
「そっか……」
そこまで説明してやったところで、長とコボルトたちは、ようやく少しホッとした顔になる。
まあ、不安だろうな。狂犬病なんてワクチンなければ確実に死ぬもんらしいし。
「勇気があって、愛嬌があって、すっごい良い奴らだったな」
「「「うん」」」
思い出すとなんでか少し泣きそうになって、あたしは運転に集中したふりをしてごまかす。
ふとバックミラーを見ると、ミュニオがお母さんみたいな笑顔をあたしに向けていた。その顔やめれ。泣いてねえから。
「しぇなさん、あれ」
出発して二時間ほど。七十キロほど走ったところで助手席の子持ちお母さんコボルトが前を指した。いまいる平地から少しだけ高くなった丘……というほどでもない起伏のあたりに、なんか牧場みたいな柵に囲まれた集落が見えている。果樹か何かの畑なのか低木が並んでいて、建物が大小七、八軒ある。水を汲み上げるためのものか、風車のようなものも見える。場当たり的な雑さはなく、洗練された感じ。
「立ち寄ってみるか?」
「うーん……こわがられない?」
どうだろ。それほど厳重にガードしている風には見えないけどな。帝国軍の脱走兵の隠れ里、って印象もない。そもそも、ぜんぜん隠れてない。
できることなら、この辺りの状況について情報交換くらいはしたいな。
少しだけハンドルを切り、ルートをその集落寄りにしてみる。百メートル以上の距離を取って観察して、問題なさそうだったら寄ってみるか。追い払われたら、そのまま立ち去れば良い。
近付くと、建物は一部が煉瓦造りだった。素焼き煉瓦を積んだだけ、とはいえこっちの世界に来てからあまり見たことない造り。屋根は茅葺きみたいなのと、木材で組まれた三角屋根。
いかにも山間の村、という感じだけれども周囲に山はない。茂みの横を通過するとき、あちこちに大量の切り株が残っているのがわかった。森を切り開いて作った集落のようだ。長期的で計画的に作られた、文化的集落。
集落のある起伏の手前に、馬小屋か資材置き場か朽ちかけた廃屋みたいのがある。少し、不自然な配置だ。
「「シェーナ!」」
荷台のミュニオと並走するジュニパー、ふたりがほぼ同時に警告を発する。
小屋の脇を通り過ぎかけたとき、バラバラと飛び出してくる人影が見えてあたしは思わずスピードを緩める。先頭の何人かが手を振っていて、助けを求めているように思えたからだ。
ジュニパーは、こちらから少し距離を取った。事前に打ち合わせしていた通り、背中に乗せた子たちの安全を優先したのだ。いざ身の危険が迫れば迷わず撃つことになっているけれども、あたしたちは兵士や盗賊以外、可能な限り殺さないと決めていた。
「そこで止まれ!」
「逃げようとするなら、射殺すぞ!」
う〜ん。なんか、えらい警戒されてるな。出てきたのは人間ふたりと、虎とクマの獣人がひとりずつ。こいつら、弓と槍と山刀で完全武装してる。
これは嫌な予感がする。……っていうか、もう予感ではない。ミュニオが、運転席の後ろの窓を軽く叩いて、静かな声でいった。
「刺激しない方がいいの。あのひとたち……すごく怯えてるの」