彼女がみつけたもの
各自の試射を済ませたあたしたちは、ランドクルーザーの荷台で並んで軽食を取る。
ミューズリーバーとミネラルウォーター、フリーズドライのフルーツにナッツ。一応、ちゃんとした食事も提案してはみたけど、やんわりと断られた。砦に攻め込む前とあって誰も気持ちに余裕がない。そのうえ気温と湿度が上がってきていることで、イマイチ食欲もないようだ。みんなに水分だけは多めに飲んでおくように伝える。
「甘いものは、食べるとすぐ力になる感じがするね」
「そうなの? それは、嬉しいからなの?」
「いや、ジュニパーのいってるのは正しい。甘いものって、身体を動かす力に変わりやすいんだってさ」
しかし、軽食とはいえ甘いものばっかだな。糖分と水分だけでなく発汗に備えて塩分も摂っておいた方がいいかと思ったが、仔猫ちゃんたちの食性がよくわかんない。コソッと、ジュニパーに訊いてみた。
「なあ、いまさらだけどネルたち、ナッツとか食べても大丈夫なのか?」
「なんで? ああ、もしかして猫が食べちゃダメなものを獣人が摂ってもいいかってこと?」
あたしは頷く。自分で猫を飼ったことはないけど、友人の話で、たしか木の実のなかには体に良くないのがあるとか聞いた気がする。塩分も良くなかったはず。
「“獣人”っていうけど、身体の構造は人間の方に近いんだって。食べるものも、人間と一緒で問題ないはずだよ。種族ごとの好き嫌いがあるくらいで」
「そっか。ありがと」
仔猫ちゃんたちが“何の話?”という顔で見てきたので、食べ物の好みを訊いてみた。
「ネル、とりにく、すき」
「ハミ、おさかな、すき」
「ルーエ、くだもの、すき」
「ぼくは、かれぇが好き」
バラバラですな。ジュニパーさんには訊いてないす。カレー好きなのは知ってるし。でもたぶん、水棲馬の食嗜好としては異端なんだろな。
「みゅにお、なに、すき?」
「ルーエと同じなの、果物が好きなの」
「いっしょ!」
似た者同士が幸せそうに微笑み合ってる。なんだよもう、可愛いなこいつら。
◇ ◇
ひと休みしてから身支度を整え、武器の準備を済ませる。
いよいよだ。あたしたちは砦に向けて車を走らせる。運転はあたしで、助手席にネル。荷台で前方への警戒をミュニオとルーエ、後方警戒をジュニパーとハミで行う。
草原に点在する茂みや小さな林から生き物の気配があるらしくネルやハミたちがピクリと反応している。もう狩りの時間じゃないことは理解しているようで、銃を向けたりはしない。ルーエはミュニオと手を繋いでウットリしてる。魔力循環の練習なのかな。なんかもう、“お前ら結婚しろ”って感じだ。
「見えてきた」
地平線の辺りに、四角い建造物らしきものが現れる。距離は、二キロくらい先か。ゆるい高台の上にある砦からは、こちらが見下ろしになる。伐採されたのか元々そうだったか周囲に木々はなく、隠れられるものは低木の茂みくらいだ。
それにしても、たぶんもう遅い。
「向こうからも、見えてるみたいなの。城壁上に長弓持ちの弓兵、左右にひとりずついるの」
「シェーナ、どうする? 隠れて迂回する?」
「もう見付かってんだろ? だったら、真っ正面からケンカ売ろうぜ?」
「良いね。ぼくは、そういうの好きだよ。ミュニオは?」
「わたしも、それが良いと思うの。このみんなでなら、きっと上手くいくの」
「良し、それじゃ長射程の判断は後衛のミュニオ組が判断してくれ。必要なら前衛のあたしたちが突っ込む」
停車して振り返ると、ミュニオとルーエは顔を見合わせて幸せそうに笑う。
「このまま、ゆっくり前進してほしいの。弓兵はルーエとわたしで、仕留めてみせるの」
「ルーエ、がんばり、ます!」
気合のこもった声を聞いて、ジュニパーとハミが笑う。助手席のネルもクスリと笑いを漏らした。
ランドクルーザーを前進させながら、あたしはネルと目が合う。彼女が、すごく喜んでいるのがわかった。
「あんなルーエ、はじめて。よかった。やっと、みつけたんだ」
「見付けたって?」
「だいすきなもの。しんじられるもの。だれにも、まけないもの。じぶんの、ちからが、いかせるもの。ルーエが、ずっと、ずっと、さがしてたもの」
そっか。そんな感じはする。ルーエって、ネルやハミの後ろで一歩下がって、いちばん目立たない位置で静かに気を配ってるような印象だった。自分の役割を、能力を生かせる立ち位置を見付けて、いまようやく輝き始めたんだ。
やっぱり、ミュニオに似てる。
「ミュニオ、くるま停める必要あったらいってな?」
「大丈夫なの。速度そのまま、真っ直ぐなの」
時速三、四十キロで前進してく。あたしの視力じゃ、城壁は見えてもその上にいる弓兵なんてまったくわからんけど。近付くにつれて緊張感は高まる。どちらが先に射るか、みたいな駆け引きがあるのかもしれん。
「ルーエ、左の敵を倒すの。右のは、わたしがやるの」
「はい!」
いや、さすがに無理だろ。砦までの距離は、まだ七、八百メートルはある。
ミュニオのエルフ的な超能力を使えばどうだか知らんけど、たぶんルーエにそんなものはないし、非力な22ロングライフル弾にもない。
ない。はずなんだけど。なんでか、荷台の姉さんふたりから妙な気迫を感じる。
荷台からルーエが二発、ミュニオが一発。見えんけど、音の違いでわかる。
「倒れた」
数秒の間を置いて、ネルが冷静にいった。
「嘘だろ、おい⁉︎ なんで当たんだよ⁉︎」
「ルーエは、すごいの♪」
いや、あなたもですけどねミュニオさん。
「すごいね、ルーエちゃんもミュニオも。半哩近くはあるのに、目玉を射抜いてる」
「めだま、あたれば、しぬの。しななくても、てきじゃ、なくなるの」
それは、そうだけど。あたしには弓兵のシルエットさえもろくに見えんのに、目玉⁉︎ どうなってんだ、それ。
ホント、どうなってんだ。
「あんな短時間で、何をどう教えたら、そんなこと……」
あたしはそこで首を振る。窓越しに荷台からジュニパーが笑うのが聞こえた。
「見てないけど、たぶん何かを教えたんじゃないと思うよ。ルーエちゃんのなかにあったものを、引き出したんだ、きっと。シェーナが、ぼくやミュニオにしたみたいに」
「あたしは、なにもしてないぞ」
「うん。そういうことなんだと思う。ミュニオも、ルーエちゃんに、なにもしてないんだよ」
わかったような、わからないような。
まあ、良い感じの師弟関係になってるみたいだから、いっか。
「ねえねえ、ルーエちゃん、ミュニオと口調まで似てきたよね?」
「きもちが」
「「つうじてるの」」
シンクロしだした。そのうち合体とかしそう。




