ブルズアイ
あたしたちは、ランドクルーザーで南東に向かう。ジュニパーの運転で、助手席に茶色毛のハミ。残る四人は荷台だ。
空は晴れているが、空気はどこか湿ってる。雲の流れが早いので雨が近いのかも、とルーエが教えてくれた。
「ハミちゃん、大きくなったら隊商の護衛になりたいんだって」
運転席の後ろの窓から、ジュニパーが荷台のあたしたちに声を掛ける。爆乳水棲馬の姉さんはさすがのコミュ力で、暫定パートナーのハミとはすぐに仲良くなったみたいだ。
しかし、護衛か。すげー手堅い将来設計だな。プランが具体的過ぎて夢がないような気もするけど、そんなもん余計なお世話だな。小学生の頃のあたしの夢なんて、もう何にも覚えてない。
「ネルは、とうぞくに、なるの」
「え?」
「わるいやつから、うばうの。きっと、たのしいとおもう」
「そっか。でもそれ、上手くいったらハミの商売敵だなあ……ネルには似合ってるような気はするけど、あんまり頑張れとか、いいにくいぞ」
「ルーエは、何か目指しているものはあるの?」
ずっとニコニコ笑って聞いていたルーエに、ミュニオが尋ねる。灰色毛で落ち着いた感じのルーエは、どこか雰囲気がミュニオに似てる。もしかしたら、少し年上なのかも。
「ルーエは、まほうつかいに、なりたい。じゅうじん、では、むずかしい、けど」
「ううん、大丈夫なの。ルーエは魔力、けっこう高いの。魔力循環を覚えれば、もっと伸びると思うの」
チビエルフのミュニオ姐さんとお姉さんなルーエは、キャッキャしながら魔力循環とやらを試している。ふたりの両手を繋げてふたりの体内に魔力を巡らせるとかで、なんかポーッと上気してる表情とか微妙に目のやり場に困る。
「案外みんな目指す方向はバラバラだな」
「うん」
ネルは前を向いたまま頷く。きっと、まだ視界の外にある砦を見ているんだろう。胸の前で、赤いラングラーを大事そうに抱きしめている。
「“なかよしってのは、おなじ、ってことじゃねーんだ”って、やだるさん、いってた」
「おお、良いこというな。ヤダルさんって、誰か知らんけど」
「やだるさん、とらのひと」
「獣人か? 虎の」
「そー、ふたつ、まえの、ふゆに、ミチュのむらに、きたの。くろい、けん、いっぱい、しょってた」
黒い剣をいっぱい背負った虎獣人? なにセルクよ、それ。
「黒い鎧とか着けてなかった?」
「ううん、ふくは、ふつう。あかい、ずきん、つけてた」
赤ずきんですか。虎獣人なのに。狼だったら食われてたかもね。つうか、そのヤダルさんとやらも、魔王のお仲間団のひとりなのか。
周囲を警戒しながら三十分ほど走ったところで、かろうじて丘と呼べるくらい高低差のある場所に出た。水場があるのか植生は豊かで、一帯には生き物も多い。
砦は南東に二十哩、三十二キロ前後だっていうから砦まで数キロ圏内だ。ネルから砦の方角を教えてもらったけど、まばらな林と起伏に遮られて視界には入らない。
「この辺でいいか。ジュニパー、そこの木の陰に停めてくれる?」
「わかった」
丘の上から、平野部を見下ろすと草原のあちこちに兎が跳ねていた。以前あたしが射撃の練習台にさせてもらった、中型犬くらいの可愛くない兎だ。肉は美味いので、あれを射撃の的にさせてもらう。
「ネル、ハミ」
「「はい」」
「ふた組に分かれて、兎を狩るぞ」
プラスティックの箱に入った百発の弾薬を、各自ひとつずつ渡す。一発分が赤ちゃんの指くらいの小さなタマなので、百発といってもエナジーバーに毛が生えたサイズしかない。各自で背負っていた狩用の携行袋に十分入るだろう。
「その武器、銃に慣れるのが目的だからな。できるだけ頭を狙え。当たれば一発で死ぬ」
「「はい!」」
「ジュニパーは、周囲の警戒だけお願い。二匹狩ったら、その都度丘の上のランクルに戻る流れで」
「了解、肉は回収するんだよね?」
「もちろん。収納で持ってけるし、村に持ち帰れば、しばらく食うに困らないだろ。な?」
「「がんばる」」
「しぇーな、ルーエは、どうすれば、いい?」
空を指してミュニオを見ると、“任せろ”とばかりに胸を張って頷いてくれた。姉さん、やる気だな。
「ルーエは、ここで、あの鳥を撃つの」
「ミンス鳥を?」
ときおり空を横切る緑っぽい鳥を指す。ミンス鳥っていうのね。飛行速度が速いし高度もあるから練習には良いかも。無駄に殺すのは少し抵抗あるけどな。そんなあたしの顔を見て、ジュニパーが笑う。
「大丈夫だよシェーナ、あれ害鳥だから」
「そうなの?」
「家畜とか弱い生き物を、ついばんで殺すんだって」
「何それ怖い。もしかして、魔物?」
「そうじゃないかな。誰も仕留められないから、詳しいことは知られてないけどね。撃ち落とせたら調べてみようか。体内に魔珠があるかどうか」
「ああ、魔物かどうかの判断基準ね。ルーエ、期待してるからな」
「はい!」
まあ、とりあえず練習台は整った。仔猫ちゃんたちのやる気も十分だ。あたしは、全員の目を見て気合を入れる。
「よーし、やるぞ!」
「「「はい!」」」




