宴と悪縁
何してくれてんだサイモン爺さん。その赤装束、ぜってーあの爺さんだろ。
テーム爺さんはすげー嬉しそうに話してくれたけど、途中で少し疑問が出てきた。
「その、赤い格好のひとたち、獣人もいたの?」
「むしろ人間は、いなかったな。エルフが多くて、虎と獅子と熊の獣人が何人か、あとはドワーフ」
転移者じゃないのか。となると、別口か? よくわからんな。
とりあえず判断保留。食事の準備を手伝おうと、ネルの家にある竃に向かう。
「あれ、食材こんだけ?」
小麦粉を団子にして浮かべたスープ。薬草と野菜の切れ端が浮かんでいるけれども。
「だいじょーぶ、わたしたち、トリをとってきたから」
それにしても、二十だか三十だかいるという村人たちで食べるにはひどく少ない。あたしたちがご相伴に預かるってのに、それじゃあんまりだ。
ミュニオとジュニパーも同じ意見のようなので、収納から塊肉と根菜の入った木箱を出す。
「じゃあさ、これ使って? これ、途中で獲った鳥肉。その箱のは野菜。あと、ウサギもあるから焼いてくれる?」
「ありがと、いいの?」
「うん。あたしたちも一緒に食べさせてもらいたいから。他にも、こっち乾燥野菜。スープに入れると味が付く」
「「ありがと♪」」
調理担当のお母さんたちに、大きな袋入りの小麦粉を渡す。塩と、途中で買った豆や果物も。あたしたちは、どうせまた行く先で手に入れられるし。どのみちサイモン爺さんとこにも顔は出すつもりだし。
「しぇーな、ありがと」
「助かりました、シェーナさん、みなさん。こんなにたくさん、ありがとうございます」
「いいえ、お構いなく。けっこう持て余してたんで」
夕暮れ近くになって、村人みんなで大鍋を囲んでの夕食となった。メンバーは仔猫ちゃんと仔犬ちゃんと子熊ちゃんたち、獣人の子供らが十人ほど。大人が十五人といったところか。
仔猫ちゃんたちの獲物は明日以降に取っておいてもらうことにして、名前も知らない飛べない鳥肉と根菜を山ほど入れてスープにしてもらった。
「おいし♪」
「こんなに、おにくいっぱいのごはん、はじめて♪」
兎肉も鳥肉も好評。お母さんたちの腕が良いので、スープも道中にあたしたちが作った適当カレーなんかより、ずっと美味しい。みんな楽しそうに笑いながらの和やかな食事。こういう大勢での夕食とか、オアシス以来だ。
ドワーフの神使クレオーラやらドワーフの爺さんやら、みんな元気でやってるかな。
「なあ、テームさん。なんでこんなに食材ないの? ネルとかハミとかルーエが鳥を仕留めてたみたいだし、畑もそこそこ実ってるみたいに見えたけど」
「最近、帝国軍の徴税がキツくてなあ」
「……あッ⁉︎」
ビキリと、空気が凍った。ヒッと小さく悲鳴を上げて、仔猫ちゃんたちが毛を逆立てるのが見えた。
「シェーナ」
「落ち着いて、大丈夫なの。ね?」
ジュニパーとミュニオがあたしの背中をさすり出して初めて、空気を凍らせたのが自分だってわかった。気付けば、楽しい夕食の場が静まり返ってひどいことになってる。いちばん小さな仔熊ちゃんなんか泣きそうになってる。
最悪だ、あたし。
「ご、ごめん。大丈夫、怒ってない……ことも、ないけど、みんなに怒ったんじゃない。ほんと、ごめんね?」
「どうしたの、しぇーな?」
「てーこくぐんと、なにか、あったの?」
ハミとルーエが食器を置いて近付いてくる。ネルも後ろからあたしに抱き着いて、慰めるみたいにスリスリしてきてくれた。
「こわくないよ?」
「そーよ? だいじょぶよ、みんな、しぇーな、まもるから、ね?」
モフモフして暖かくて、感情をコントロールできない自分が情けなくなってきた。抱き締め返して、みんなに謝る。ここまで帝国軍とは何度も揉めたから神経質になってるんだ、みたいな説明で納得してもらう。
「……なあ、ジュニパー、ミュニオ」
「いいよ、もちろん」
「いつでも良いの」
声を掛けてすぐ、ふたりからは笑顔で即答が返ってきた。気持ちは伝わってる。どうするべきかも。
「「「にゃ?」」」
仔猫ちゃんたちに礼をいって、大丈夫だと笑顔を見せる。
なんとか場をとりなして食事を済ませると、あたしたちは集会所にテーム爺さんを呼んだ。村の防衛を担っているらしい若手の男衆も一緒に来てもらう。
「話というのは、なんだい?」
「帝国軍の拠点はどこかわかるかな」
「ああ、もちろん。ここから、南東に二十哩ほどかな。嬢ちゃんたちが来た方角だ」
そっか。少し西に逸れたせいで行き当たらなかったみたいだけど。たぶん、濁流のところで会った弓兵みたいな連中がそこにいる。ちょうどいいや。笑いかけたあたしを見て、ミュニオとジュニパーは苦笑しながら頷く。
「そこにいるのは、本国から来てる連中? それとも、元はこの辺りの人間?」
「たぶん、半々だね。帝国軍とはいうけど、脱走兵だ。軍の装備と武器で脅しているが、実態は盗賊に近い」
御誂え向きだ。皆殺しにしても増援はない。あたしたちがここを離れた後、ミチュの村に被害が及ぶこともない。あたしはよほど嬉しそうな顔をしていたんだろうな。爺さんや男衆が困惑した表情であたしたちを見た。
「もう心配要らないよ。その帝国軍残党は、明日でいなくなるから」




