獣人の村ミチュ
少し走ると、あたしにも集落の様子が見えるようになってきた。ふたつの小さな林に挟まれた平地――というか、たぶん森を切り開いた土地なのか――そこに小さめな平屋の家が十軒ほど。村の外周には畑が広がっていて、特に柵もない。いくつか外堀が走っているけど、見た感じ灌漑用みたいだな。無防備なのは獣人の習性なのか、それともここは何か安全が保証されてるのか。
近付いてみても、畑で農作業中のひとたちが振り返るだけ。荷台のジュニパーや仔猫ちゃんたちに軽く手を振って作業に戻るあたり、まったく警戒した風ではない。
ちょびっと排他的な感じを覚悟してたのに、なんか拍子抜けする。
「なあ、ミチュの村には何人くらい住んでるんだ?」
「わかんない。二十くらいかなー?」
「あと、あちこちいって、かえってきて……っていうひとたちとか、たびのひととかが、二十にんくらい?」
あの警戒のなさは、ひとの出入りに慣れてるってことなのかな。村の外で車を停めて、収納しようか迷ったけどキーだけ抜いてそのままにする。置いといても危ないことなさそうだしな。
「着いたよ」
「「「ありがとー」」」
礼儀正しい、良い子だ。なんか、この子たちみんなから大事にされて育った感じがする。屈託がない。
「ちょっとまっててね、うちに獲物、おいてくるから」
「うち?」
「ネルのうち、あそこ。かまどの、よこ」
「ハミのうち、むこう。しゅーかいじょの、うら」
「ルーエのうち、そこ。みずばの、まえ」
けっこうバラバラなのね。ちなみに仔猫ちゃんたちは黒毛がネルで茶色毛がハミで灰色毛がルーエみたい。
ネルはすぐに戻ってきて、あたしたちは並んで村に入る。村の中心部にはテントみたいのが集まっていて、仔猫ちゃんたちによれば交易用の露店だそうな。夕方が近いので、もう片付けに入っている。
「ねえ、あたしたち初めてなんで村の大人に挨拶しようかと思うんだけど、村長みたいなひとはいる?」
「おさ……?」
「偉いひと。困ったことあったら頼るひと」
「テームじいちゃん?」
「「じいちゃん、えらくないよ?」」
ひでえ。まあ、そのテーム爺ちゃんに会ってみようか、と思ったら交易市の端でお茶飲んでた。人狼なのかコボルトなのか、犬っぽい雰囲気。たしかに、あんまり偉そうではない。ふつうの爺ちゃんだ。
「あんたがテームさん?」
「おお、そうだよ。嬢ちゃんたちは、旅の人か?」
どうなんだろ。ある意味、旅の人だな。逃避行だけど。
「そんなとこかな。たまたま近くで、この仔猫ちゃんたちに会ったんで、送るついでに立ち寄らせてもらった。ここって、宿なんかはあるかな?」
「ないが、そこの集会所を好きに使ってくれ。行商人がいたが、今朝がた発ったんで空いとる」
交易市の隣にある少し広めの建物。なかを覗くと中央に二十畳くらいの大部屋があって、簡単に仕切られた小部屋がいくつかある。なんと宿泊は無料だそうな。
「そっか。助かる」
「裏手に大きな風呂がある。夜には湯を張るんで、みんなで入ってくといい」
「「「おお」」」
なんかすごく良いとこに立ち寄ったみたいだ。えらく気前が良いな。何から何までだと、さすがに悪いから、後でお礼を考えよう。
もう少ししたら食事の支度をするというので、そこに食材持ち込みで加わらせてもらうことにした。
「ごはんは、村のみんなで作るのか?」
「「「そー」」」
「竃を分けると薪の無駄なんでな。風呂と飯は共同だ。村の暮らしは、食材も持ち寄りみたいなもんだ。お前さんたちも、いっしょに食べてってくれ」
「薪はともかく、風呂を沸かせるって、水は豊かなんだな」
「かなり遠くの川まで汲みに行ってたんだが、水車が出来てからはずいぶんと楽になった」
「水車? へえ……そんなの、こっちにもあるんだ」
「井戸も作ってもらった」
「ちょっと待って。作ってもらった? 作ってくれたの、誰? 帝国?」
「まさか。そのひとらは最初、村の者が帝国軍に襲われてたのを助けてくれたんだよ。お嬢ちゃんたちみたいに、フラッと現れてなあ」
え? どういうこと? 帝国から助けてくれたって……いや待て、そのひとら? いっぱいいるの?
「何者なの、それ?」
「名前はいろいろ、種族も用事も特技も、来た時期もそれぞれ違ってたな。もしかしたら、嬢ちゃんたちの知り合いかと思ったんだが」
「いや、たぶん知らない。けど、なんでそう思った?」
テーム爺さんは、懐かしそうな顔で笑うと、あたしたちの服を指した。
「みんな、どこか赤い格好をしてたからな」