地底の都と受け継がれる心
エリからはあれこれ情報をもらい、アドネア王国内で非公式ではあるが流通している大陸中北部の簡単な地図をもらった。いまの帝国とアドネア王国、そして、あたしたちの、だいたいの立ち位置は理解できた。帝国に併呑されたが独立を目指している辺境地、といったところか。帝都から遠いため中央からの干渉は少なく、逆にソルベシアとの接触が多い。そのため市民に亜人の占める割合が高く、差別意識もあまりないのだとか。
エリたち衛兵隊は、警備と魔物退治の官吏という偽装のもと密かに再軍備を始めているようだった。上手くいくと良いけど、帝国の進む先はいまひとつ読めない。あまり関心もない。
「あれ? 待ってエリ、傭兵ギルド跡地に掲げてるのは?」
ジュニパーがいってるのは、壁に書いてあった“市民有志による防衛隊”とかいうお題目だろう。衛兵隊をバックアップする、あるいは競合するように聞こえるけど。
「犯罪者の社会的隠れ蓑だね。民兵みたいな形で戦力に編入できるかと思って、官憲もある程度は黙認してたんだけど。あのエルフの魔女みたいな婆さんが増長しててね。裏であれこれやってるのもわかってきて、いつ誰が処分するかで議論になってた」
「戦力でも、チンピラは要らない?」
「あいつら、実態も本性も犯罪者だからね。一般市民や官憲に楯突く戦力なんて、危なっかしくて有事に使えないでしょ?」
「それもそうか。もしかして、あたしたち魔女退治に利用されたのか?」
「ん? 誰に?」
「助かったのは確かだけど、利用するほどシェーナたちの行動を把握はしてなかったかな」
中二病には大好物な感じの陰謀論を考えなしに語ってみたものの、ジュニパーとエリに無垢な目で返されてしまった。
「うん。そうな。頼んできたの、メルオーリオだもんな」
「アドネア側としては、誰も意図的に動いてはいないと思うけど……あれ、“メルオーリオ”?」
「知ってる? その子の……なんというか、聖霊的な声に導かれて来たんだけど」
「幽霊っていわないとこがシェーナらしいの」
やめろミュニオ。あたしは、そういうのは信じない。
「聖人メルオーリオなら中央広場に祀られてるけど」
「……せいじん? 何した人?」
「アドネアに侵攻した帝国の虐殺から仲間を守って勇敢に戦った。彼女に救われたひとたちは、新生アドネアを作り上げる原動力になったらしいよ」
「「「……」」」
「わたしが生まれるずっと前のことだから、ひとから聞いただけだけどね」
思わず黙り込んでしまったあたしたちに、エリは少し困った顔で笑う。
「あんたたちが聖人メルオーリオの声に導かれてこの街にやって来たっていうなら、それはきっと本当のことなんだろうと思う。この街で彼女は、自己犠牲と博愛の象徴だっていうから」
「……うん」
正直、どんな顔して良いかわからない。あたしたちの知ってるメルは、そんなご大層なタイプじゃなかった。仲間を気遣ってたし、優しくて良い奴だったけど。寂しそうで、悲しそうで、弱いところもあって、そして。
「メルオーリオのこと、覚えてるんだな、みんな」
「え? ああ、うん。もちろん。年に一度のお祭りでは、花やらお菓子やらを捧げられて歌と踊りで功績を称えられてる」
「そっか。よかった」
「そうだね。メル、忘れないでって、いってたもん。彼女の願いは、叶ったんだ」
さて。あたしたちは旅に戻るか。
この街に滞在するのも悪くないけど、なんとなく長居しすぎた感じがしていた。敵意がないとしても、人が多い場所では、なんでか落ち着かない。
「それじゃな、エリ。あたしたちは、ソルベシアに向かうよ」
「そう? 良かったら、また来てよ。ソルベシアとは物資やひとの行き来もあるから、そんなに難しいこともないと思うし」
「うん。元気でね、エリ」
「その“こると”、あまり撃ち過ぎない方が良いと思うの。たぶん、かなり目立っちゃうの」
「わかってる。これ、父親が命の恩人からもらったお守りなんだって。だから、帝国との戦争に使う気はないんだ」
エリの父親の、命の恩人? 元いた世界のリボルバーを持ってたひと……ってことは、そのひとも召喚者か。
「父親たちは、こちらに召喚されてすぐ隷属の首輪を着けられてたんだけど、それを外してくれたんだって。勇気と度胸があって頭が良くて、“絶対に諦めるな”って、生き延びる力を与えてくれたひと。そのひとがいるから父親がいるし、いまのわたしがいる」
「そのひと、いまは?」
「父親にコルトSAAを託して、仲間を守って死んじゃった。だから、かな。父親は、わたしがソルベシアを離れるとき、これをくれたの。生き延びることが最も大切、そして」
エリは、銃把に刻まれたマークを見せてくれた。けど、羽根生えた剣に、たぶんフランス語。あたしにはよくわからん。
「キュイ、セ……なに?」
「“挑む者こそが勝利する”って意味。その恩人が所属していた海兵隊のモットーだって」
「へえ。生き延びることの次に大事なのは、挑むことか」
「いいね、それ。エリに似合ってる」
あたしたちはそこで別れた。いちいち街中の人混みを通過して関所を通ってと余計な時間や手間や敵対勢力との接触リスクを掛ける気になれなかったのでジュニパーの背に乗って直接アドネの外まで飛び上がることにした。
最後に携行食やら菓子類をあげたら喜ばれた。日持ちしそうなフルーツ缶詰をいくつか乗っける。
「これ、次の祭りでさ、メルの像にお供えしといてよ。あたしたちから、って」
「わかった」
建物の前で水棲馬の姿になったジュニパーを見ても、エリは特に驚かなかった。綺麗な鬣だって褒められて、ヅカ馬女子が小さく鼻水を噴く。
「じゃね」
「ああ、また」
ひょいと馬柵でも超えるようにジュニパーは近くの平屋の屋根に乗り、二階建ての屋根に飛び移ると大型倉庫の屋根を蹴り、地上へと舞い上がった。
気持ちが、モヤッとしたまま軽くなり、胸の奥が温かいのに少し沈んだ。そんなもんだ。また、旅が始まる。良いものも悪いものも、好きなものも嫌いなものも、みんな置き去りにして。




