遥かなガンスモーク
「“新たな”、って?」
「わたしも、ずいぶん前にはそうだったからさ」
衛兵隊長は懐から拳銃を取り出すと、どこぞの曲芸ガンマンみたいにクリクリ回して銃把をこちらに向けて差し出す。なんじゃそりゃ。
素性の知れない相手が銃を抜いたというのに、ミュニオとジュニパーは身構えていないのが少しだけ不思議だった。そりゃまあ殺気とか悪意は感じなかった、けど。
「大丈夫なの。タマ、入ってないの」
「へ」
「うん。すごーく綺麗に磨いてあるけど、ずいぶん長く使ってないみたいだね。あの、“撃ったときの匂い”がしないよ」
ふたりは、あたしの視線を受けてサラッと疑問に答えてくれた。
いや、ミュニオさんタマ入ってないってあなた、あの速度と状態でシリンダーの中身見えたんですか。おまけにジュニパーさんは銃に残った硝煙の匂いを嗅ぎ分けるんですか。
まさに人間離れした能力者たち。厳密には、いわゆる人間じゃないけど。
「へえ、バレちゃったか。こっちに来た頃には五十発くらいあったんだけど、もう切れちゃったんだよ」
「来た頃、って……」
「もう、七、八年くらいになるかな。年齢でいうと、あんたくらいの頃」
それで衛兵隊長ってのは、代理とはいえ只者じゃないな。もしかしたら転移者特典とかもあったかも知れないけど、すごく努力もしたんだろう。達観したような明るさと不敵さから、それが感じられる。お仲間の衛兵たちも、お飾り扱いなんかしてなかったみたいだしな。
銃の力と頼りになる仲間のサポートで生きてきたあたしとは、たぶん根本から違う。
「ええと……衛兵隊長さん?」
「エリって呼んでよ。代理だし、隊長って柄でもない。それをいうなら衛兵って柄でもないんだけどね」
あたしたちも、軽く自己紹介を済ませる。といっても、名前だけだ。素性も話さないし、ここまでの経緯も、これからの目的もいわない。エリはどこまで知っているのか、こちらに訊こうとはしなかった。
「アンタについて興味はあるんだけど、その前にさ、あたしたちに何か用でもあるの?」
「タマ、持ってない?」
「これの?」
エリから受け取った銃を、あたしは改めて眺める。
形は、なんとなくルガー・ラングラーに似てる。ていうか、逆だ。ラングラーがデザインをコピーしたっていうオリジナルの……コルトなんだかじゃないのかな、これ。ラングラーを調達したときにサイモン爺さんから聞いた。そして例によって忘れた……SNS、だったか。
「タマ切れからずいぶん経つし、なくちゃ生きられないってこともないんだけどさ。譲ってもらえるなら、有り金全部ハタいても良い」
ミュニオとジュニパーに視線を投げると、ふたりからは目顔で頷かれた。どうせ長居する街じゃないし、悪い奴でもなさそうだ。銃に合う弾薬を持ってれば、あたしも譲るのは構わないと思うんだけどな。
「38スペシャルなら山ほどある。あとは357マグナムと、22口径のちっこい拳銃弾と、12ゲージとかいう散弾もな」
銃を返しながらいうと、彼女は困った顔で首を振った。そうだ。銃身の刻印は、最後に“45”って書いてある。
「残念、欲しいのは“45ロングコルト”だ。それは、コルト・シングルアクション・アーミーって、西部劇でよく出てくる銃なんだけど、知らない?」
「知らないけど、なんとなくわかる。弾薬も、手に入るかも知れない」
「ホント⁉︎」
エリの顔が、パァッと明るくなった。笑顔は思った以上に子供っぽい。
“なくちゃ生きられないってこともない”なんて、彼女はいったけど。きっと、ホントは彼女が生きるために必要なんだ。生き延びる力や技術や知識やコネクションは手に入れたとしても。ずっと心のどこかに引っ掛かってたんだろうと思う。彼女の故郷との繋がりである、このコルトが“死んだ状態”であることに。
西部劇で有名な銃なんだとしたら、タマくらいサイモン爺さんが調達してくれるだろう。
「“市場”」
エリとミュニオとジュニパーの動きが止まって、目の前にサイモン爺さんの演台が現れる。
「なあ爺さん、“45ロングコルト”ってタマ、手に入るかな。そこの姐さんが……」
「……」
演台の横で笑顔のまま固まっている衛兵隊長を見て、爺さんは愕然とした表情になっている。
「どした爺さん。このひと、知り合いか?」
「いや、コルトSAAなんて持ってる奴がいるとは思わなかったんでね」
「転移者は他にもいるんだろ? なんだかいう魔王とかさ」
「かもしれんが、わたしがいままでそちらの世界に送ったなかにSAAは含まれていない」
「……へえ、別口か」
もしかして、その銃を調達したのも爺さんかと思ったけど、違ったみたいだ。
あたしはエリから聞いた話を簡単に伝える。彼女が実用というよりも心の拠り所として弾薬を必要としていること。たぶん、だけどな。
「45ロングコルトか。とりあえず五百発ならある」
「……とりあえずで五百かよ。まあ、いいや。それもらうよ、カネはあたしが立て替えとく」
爺さんの言い値で金貨三枚を渡し、弾薬を引き取る。
たくさん在庫があるのかと思ったら、“二百五十発入りの段ボール箱がふたつ”だった。爺さんはその上にもうひとつ、小さな紙箱の弾薬も乗せる。
「これは?」
「黒色火薬仕様の弾薬だ。SAAの持ち主なら、渡せばわかる」
あたしには何のこっちゃわからんけど、エリには理解できる話のようだ。
「それと……その子に、これを。サービスだと、伝えておいてくれないか」
「ん?」
爺さんが演台の後ろから取り出してきたのは、西部劇で使うようなホルスターだ。どんだけ西部劇好きなんだ、この爺さん。
しかも、また赤いし。ベルトも銃を入れるとこも赤い皮で、ステッチまで赤い。なんなの、この趣味?
「爺さんは、商品を赤くしないと死んじゃう呪いでも掛かってんのか?」
「……ああ、そんなところだ。そのお嬢さんにも、よろしく伝えてくれ」
なんでか少し気もそぞろな感じで、爺さんは笑った。