第六話 心に秘める想い
「はあ⋯⋯」
私は、今日で何度目か分からない溜め息を吐き出した。別に何か悩み事があるのではなく、単純にとても退屈なのです。
なので私は少し前の記憶を思い出し、この退屈な時間を過ごそうと思います。
──2週間前、私はネルバへと向かう道すがら、不運にもはぐれのワイバーンの群れに襲われてしまいました。
その際に私の護衛を担っていた騎士2人がワイバーンの毒を受けてしまい、護衛達の戦意はあっという間に消え失せてしまいました。
ワイバーンの毒はとても強力で、すぐに解毒しないと命に関わるほど危険なのです。例え王国の自慢の騎士達といえど、そのような状態で戦闘を続けていられる筈がありません。
しかも負傷者を守りながらでは、それこそ無謀というものです。
そんな最悪の状況に、私は生まれて初めて恐怖というものをこの身で味わったのです。
ああ、もうダメだ──と、私はそのとき覚悟を決めました。
相手は一流冒険者でなければ討伐が難しいと言われているワイバーン。
2体までならば、討伐は出来なくとも撃退くらいは可能かもしれませんが、さすがに4体を相手にでは手も足も出ません。
しかしそんな絶望的な状況に陥った時、私達に何処からともなく救いの手が差し伸べられたのです。
瞬く間にワイバーンを蹴散らし、更に騎士が受けた毒さえも治してくれたある人のお陰で、私達は無事にネルバへと到着することが出来ました。
不思議な雰囲気を持つ少年。彼は一体何者なのでしょうか。
──コンコン。
そんな事を思い返していると、部屋のドアが叩かれました。
いったいこんな夜遅くに誰でしょうか。といっても私にはもう既に扉の前に立っている人が誰なのか、大体予想はついているのですが。
「誰?」
「姫様、私です」
私のもとにやって来たのは、予想通り執事のグレイルでした。
「どうぞ」
「失礼します」
グレイルが部屋に入り、私に礼儀正しく一礼をします。
それをした後で、何故このような時間に部屋に来たのかを説明してくれました。
「この2週間で騎士達の傷はほぼ全快まで回復しましたので、3日後には王都へ発とうかと考えております」
「そうですか、分かりました」
傷、ね。
確かにワイバーンとの戦闘で多少は傷を負ったかもしれませんが、以前の報告を聞いた限りでは、それほど大きい怪我をした者は居なかったと聞きました。
大きな傷は私達を助けてくれた人が癒してくれましたし。
つまりグレイルの言っている傷というのは恐らく心の、ということでしょう。
「しかし最近、王都周辺で魔物が大量発生しているようで、もし万が一にも遭遇した場合」
「そうですね、⋯⋯何人か冒険者の方々を雇った方が良いかもしれないですね」
グレイルが言いたいことを汲み取り、私はそう答えました。
王都周辺の魔物の大量発生の情報は、以前から私の耳にも入ってきています。
確か王都の目と鼻の先にあるセディル大森林にとても強い魔物が現れ、それに怯えて草原や森の浅い場所まで逃げてきた魔物が多くいるとか何とか。
もしくはスタンピードの可能性もあるかもしれないと考え、お父様が兵を出し調査させましたが、それも難航していると聞きます。
「畏まりました。ですが、この町の腕のある冒険者は殆ど出払っているようでして、あまり期待は出来ませんが⋯⋯」
「⋯⋯そうですか」
仕方ありませんね、腕の良い冒険者ほど数が少ないので雇うのが難しい事は分かっています。
ですが、騎士達には申し訳無いですが少し心許ないです。
決して頼り無いと言いたい訳ではありませんが、もし5人では手に負えないような数の魔物の群れや、あるいは強力な魔物と出逢ってしまったらと考えると、どうしても不安になってしまいます。
またあのような事があったら──と。
そんな暗い事を考えていると、私の頭の中にある人が浮かんできました。
「グレイル、あの方はどうでしょう?」
「あの方、とは」
「ほら、先日私達を助けてくださった」
「ああ、あの方ですか。彼の実力なら、確かに良い考えかもしれません」
私の言った言葉を聞いて、ハッとした表情を見せるグレイル。
短い間、自分の顎に手を当てて考える素振りを見せた後、私の意見に賛同してくれました。
しかし、少し問題もあります。
確かあの人はネルバで冒険者登録をすると言っていた気がします。あれから2週間前、あの人が冒険者登録をしてどれ程多くの依頼を受けたとしても、到底護衛依頼を受けることの出来るランクには届かないでしょう。
ですが、グレイルなら何とかしてくれる筈です。
「では私はこれで失礼します。夜分遅くに申し訳ありませんでした」
「気にしないでグレイル。おやすみなさい」
一礼してから、グレイルは部屋から出ていきました。
それを見届けた後、私は椅子から立ち上がり、この部屋に1つしかない窓へと近寄り、外の景色をぼぉっと眺めます。
外はもう真っ暗ですが、下を見下ろすと街灯の光が煌々と夜の町を照らしていて、とても綺麗です。
──トクン。
この不思議な感覚は一体何でしょうか。
最近はこんな事がよくあります。そう例えば、あの人の事を考えている時など特に──。
左手を胸の前にそっと置き、もう片方の手をひんやりとした窓に添え、私は既に高くまで昇っていた月を見上げる。
満月ではありませんが、それでも力強く闇夜に輝いているそれを眺めると、何故か心がキュッと苦しくなってしまいます。
こんな気持ちを抱いたのは生まれて初めての事ですが、これがどのような感情なのか、本当はもう分かっているような気がします。
根拠などといった確証なんて何処にもありませんが、それでも私には、何処にもない根拠を覆い隠してしまうような程の確信があります。
これがお母様がよく口にしている〝乙女の勘〟というものなのでしょうか⋯⋯?
もしグレイルが彼に護衛の依頼を出すのならば──。
あの人にまた会えるかもしれない。そんな事を考えると、何だか心が更にキュッと締まったような気がします。
しかしそれでも私は、気の所為だと、そんな事無いと自分に言い聞かせるように目を瞑る。
少し煩い鼓動の音を聞きながら──。
二話に出てきた姫様をやっと出せた……。
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