第三話 薬草採集
「到着っと」
あれから一時間くらいは経過しただろうかといったところで、漸く目的地の森に到着した。
今回俺が受けるのは薬草採集という依頼だ。
内容は薬草を10本集めるというとても簡単なもので、更に薬草の種類に制限はなく、薬草だったら何でもいいという冒険者成り立てにはありがたい依頼だ。
報酬は大銅貨1枚と極めて安いが、そこに薬草の買い取り料もプラスされる。
普通に薬草を売るよりは大銅貨1枚分増えるので少しお得といった程度だ。
「薬草、薬草は⋯⋯」
森の中へと足を踏み入れ周囲を見渡す。
薬草は普通の草と見た目が殆ど変わらないものもある為、見落とさないように注意深く辺りに視線を巡らせる。
薬草の種類は様々だが、一般的に知られているものはマナハーブ、体力ハーブ、ポイズンハーブ、麻痺草の4つくらいだろうか。
因みに薬草の種類は様々ではあるが、実のところ、例に出した4つの薬草と同じ効果をもたらすものが殆どだ。
「お、あったあった」
早速薬草を発見し、しゃがみこんで確認する。
そして周りの草よりもやや深い緑色をしたそれを丁寧に根っこごと引き抜く。
「体力ハーブか」
採取した薬草の名前。
この薬草にはその名の通り体力を回復させる効果がある。
そのまま食べても効果はあるが、多くの場合これを使って体力ポーションを作ったりすることが多い。
作成方法は詳しく知らないが、ポーションにすることで体力の回復量が格段に増加するのだ。
しかしその分、なかなか値が張るので金持ちしか使うことはないが、常に需要は高い故に、あればあるだけ売れていく。
中堅冒険者になれば安い体力ポーションくらいは常備している事が普通になるだろう。
他の薬草もマナポーションや解毒ポーションを作るときの材料となっていて、こちらも同様に需要が高いのでお高い。
それなのに薬草自体の値段が安いことが少し癪だが。
「先に宿を取っておけば良かったかな⋯⋯、取り敢えずさっさと終わらせて帰るか」
更に森の奥へと足を進める。
依頼達成には後9本の薬草が必要になるのだが、やはり浅い場所では見付けるのに時間が掛かりすぎてしまう。
なので手っ取り早く数が集められそうな森の深い場所を目指すのだ。
この森は魔素が薄いのでマナハーブはあまり無さそうだが、魔物の数も強さも大したことないのでそれ以外の薬草は望めそうだ。
〝魔素〟とは空中に存在する魔力のことだ。
魔素が多いと魔物が住み着きやすく、マナハーブも生えやすい。
要するにマナハーブは、魔素を取り込んだ草が変質してできるものなのだ。
だから魔素が薄いこの土地ではマナハーブは生えにくいと推測でき、本能的に高密度の魔素地帯に引き寄せられる魔物も少ないと推測することができる。
因みに、魔物も魔素を体に取り込んでいる。
魔物の場合魔素を取り込むと純粋に強くなる。
勿論あっという間に強くなる訳では無いが、長い時間を掛けて魔素を吸収していくことで着実に強くなっていくのだ。
長い年月を生きるドラゴンなどが強大な力を有している理由の一つでもある。
「よし、10本集まったし帰るか」
森に入ってから30分もせずに薬草を集め終えることができた。
結局、集まったのは全て体力ハーブだけだった。
これを冒険者ギルドの受付まで持っていけば依頼達成となる。
それをポーチに仕舞い町へと引き返す⋯⋯が、直ぐに立ち止まった。
「まずいな」
──この森には強い魔物はいない。
それは間違っていない。
だが、それでも低ランク冒険者などでは相手にならない程の強さを持った魔物は当たり前に存在している。
そんな魔物が、経験の足りない者と鉢合わせたら一体どうなるか?
俺は体の向きを変えて駆け出した。
一刻を争うのでかなりの速度で森を駆け抜け、その場所へと急いで向かう。
(──見えた)
木々を縫うように進んだ先、そこには十代くらいの若い冒険者が三人と、大きな人型の魔物一体が対峙していた。
(グリーンオーガ⋯⋯!)
オーガの上位種であり危険度はBランクの魔物──グリーンオーガ。
あのワイバーンと同格の強さを誇る危険な魔物だ。
最大の特徴は頑丈な皮膚にあり、剣の刃が通りにくく、生半可な魔法では傷一つ付けることも出来ない。
そんなグリーンオーガを前に、恐怖で座り込んでしまった二人の少女を庇うようにして前に立つ少年。
強がってはいるが、手足が震えており、構えた手は得物を今にも落としてしまいそうで、立っているだけでも精一杯といった様子だ。
残念ながら、彼では到底太刀打ちできる相手ではない。
そんなグリーンオーガが今、少年に向けてその腕を振り下ろした。
少年の後ろにいる杖を持った少女二人は、体を震わせてただ目を閉じることしか出来ない。
少年も恐怖のあまりか、それとも自分の未来を悟ってか目を固く瞑る。
そしてグリーンオーガの腕が少年に振り下ろされる瞬間──。
──ガシッ!
「間に合った」
「⋯⋯ぇ?」
少年が押し潰される──事はなく、振り下ろされたグリーンオーガの腕を俺は片手で受け止めた。
まさか攻撃を止められるとは思っていなかった魔物の方は、いきなり現れた俺を見て動きが止まる。
「吹っ飛べ」
空いている方の手を固く握り、引く、そして勢いよくそれを打ち出す。
それは的のデカい腹部へとめり込み、次の瞬間にはグリーンオーガは地面と平行に吹き飛んでいった。
何本もの木々を薙ぎ倒し漸く止まったグリーンオーガはその場に崩れ落ちる。
絶命したのを確認してから、俺は襲われていた三人へと視線を向ける。
「うん、まあ、大丈夫そうで何よりだよ」
「は、はい。ありがとう、ございます⋯⋯」
「セト!」
「セト君っ、無事で良かった⋯⋯!」
俺に感謝を述べるもなく、杖を投げ捨てセトと呼ばれた少年を両側から挟み込むようにして抱き付く、赤色の髪の子と水色の髪の二人の少女。
少女達の目には涙が浮かんでおり、相当怖かったのだろうということが察せられる。
だがそれよりも──羨ましい限りだ。
なんだコイツ等は、折角人が危ないところを助けたというのに、堂々と見せ付けるようにいちゃいちゃしやがって⋯⋯っ。
殺伐とした【魔界】で暮らしていた所為か、他人の幸せが憎く思えてくる──ことは無いが。むしろ感覚が麻痺しているかもしれない。
それより二人とも大きい、大きいのだ。
少年の顔が埋もれ掛かっている。役得にも程がある。
まあ、本人は息ができなくて苦しそうではあるが。
「あの、助けてくれてありがとうございます」
「⋯⋯ああ、うん」
少女二人を引き剥がして立ち上がった少年に、もうどうでもよくなった俺は素っ気なく返事をする。
「あ、危ないところを助けていただき、ありがとうございます」
「このお礼はいつか必ずしますっ」
「うん」
もっと早くその言葉を聞きたかった、とは言わない。
怖かったのだから仕方ないだろう。
「それにしても、凄いですね⋯⋯。高名な冒険者ですか? ネルバでは見掛けたことないですが」
「いや、今日この町に来たんだ。じゃ、俺は帰るから」
「え、あのオーガは⋯⋯」
「やる」
余計な荷物を押し付けて、今度こそ町の方へと足を向けて歩き出す。
俺はまだ駆け出しの冒険者だ。ワイバーンの時と同様、あんなものを持っていったとしても俺が倒したと信じてくれないかもしれない。
少年が後ろから何か声を掛けてきていたが、聞こえない振りをしてそのまま振り向くことなく町に戻った。
「──薬草10本確認しました。おめでとうございます、依頼達成です。報酬の大銅貨1枚と薬草の買い取り金の大銅貨5枚と合わせて大銅貨6枚です」
「ありがとうございます」
冒険者ギルドで依頼達成の報告を済ませ、ギルドを後にする。
その足で大通り沿いに構えていた宿屋で部屋を取り、少し早いが夕食を食べに出かけることにした。
宿でも別料金になるが夕食を出してもらうことが出来るらしいけど、時間まで待たないといけないので今回は外食に決めた。
入ったのは大通り沿いにある酒場だ。
理由は単純に宿から近かったからというだけなのだが、中々繁盛しているようで多くの人が集まっていた。
そんな中、俺はたまたま空いていた丸テーブルに腰を下ろす。
「ご注文は何でしょうか?」
「ああうん、ちょっと待って、今決めるから……」
直ぐに店員が注文を聞きにやって来た。
当然、俺はテーブルに置いてあったメニュー表を手に取り、料理を注文しようと思った……のだが。
(文字が……読めない!?)
驚きのあまり、石のように固まってしまった。
なんと、そこに書いてある文字が全く読めなかったのだ。
いや、何故か数字だけは読めるのだが、それ以外は何が書かれているのかさっぱりだった。
⋯⋯え、何で、どういうこと? 何で読めない!? あれ、俺って文字の読み書きとか普通に出来た筈だよな⋯⋯?
店員が注文を待っているのも忘れ、俺はメニューを逆さにしたり違うページを見てみたり、何とかして読もうという努力を行った。
⋯⋯しかし、どれを試しても結果は変わらなかった。
そんな時ふとあることを思い出した。
そういえば依頼ボードをチラッと眺めた時も読めなかったような⋯⋯。
その時は遠目から眺める程度にしか見てなかったけど、いま思い出せばそこに書かれていた文字もこんなものだった気がする。
⋯⋯⋯⋯いや、これ、俺の知ってる文字じゃない?
ここで俺は、別の可能性に行き着いた。
しかしまさか、俺が【魔界】に行っていた20年で文字すらも変わってしまったというのか!?
あまり現実的ではないが、可能性としては十分に考えられる話だ。
「あのう、お客様、ご注文は?」
「え? あ、すっ、すみません!」
取り敢えず待たせてしまっているので、何でもいいから適当に頼まないと⋯⋯!
「ええと、おすすめってある?」
「はい! 今日はシチューとパンのセットと、唐揚げがおすすめです!」
「じゃあそれで!」
「分かりました。銅貨十二枚になります」
「はい」
懐から代金を取り出し、店員に渡す。
「では、少々お待ち下さい」
あ、危なかった。何とか注文することが出来た、正直グリーンオーがより手強かった⋯⋯。
難を逃れたことにホッと胸を撫で下ろす。
しかし、聞き覚えのない名前が出てきたな。
シチューとパンは20年前でも定番のメニューだったのでよく知っているが、〝からあげ〟とは一体どんなものだろうか?
俺のいた頃はシチューとパンと来たらステーキか串焼き肉が定石だったのに。
「お待たせしました、シチューとパンと、唐揚げです!」
「ありがとう」
五分も待たずに注文した料理が届き、気になっていた〝からあげ〟というものに目をやる。
それは、茶色いでこぼこした不気味な物体だった。
(何これ、食い物? 本当に食えるのか⋯⋯?)
見た目で評価するなら、最低点を付けてやっても良いくらいにへんてこな色と形をしているが、人が食っても大丈夫なものなのだろうか?
しかし周囲を見渡すと、客の殆どの者がこれを美味しそうに口の中へと運んでいるではないか。
それらを見て大丈夫なものだと自分自身に言い聞かせ、恐る恐る、それをフォークでぶっ刺し持ち上げそして。
こ、これは──。
「うまい⋯⋯!」
こっ、これがからあげというものなのか!
少し油っこいが、それがまた良い感じに仕事をしていて、癖になる味だ。
噛んだ瞬間口の中いっぱいに広がる肉汁、噛めば噛むほど旨味を増す肉に、カリッとした食感がたまらない!
この料理を考案した人はまさしく天才だ。
「⋯⋯ふう」
料理を全て食べ終えて一息つく。
シチューもパンも、20年前より格段に美味しくなっていて、久し振りのこの世界の食べ物にとても満足感を覚えた。
店を出ると、外は町に住んでいる住人や冒険者でいっぱいになっており大変賑わっていた。
そんな賑わいを横目に宿へと戻り、ベッドに腰を下ろす。
「はぁぁ」
今日一日で色々なことがありすぎて、気が緩んだ所為かどっと疲れが押し寄せてきた。
俺は座っている体勢から後ろに倒れ込んで天井を見上げる。
暫くそのまま天井を見上げるが、俺はふとあることを思い出して体を起こした。
そして、ある言葉を口にする。
「『ステータス』」
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名前:オルフェウス 種族:人族 職業:魔法剣士
レベル:9999
スキル:『武器創造 Lv30』『時空魔法 Lv30』『付与魔法 Lv30』『剣術 Lv30』『料理 Lv21』
称号:超越者・覚醒者・Gランク冒険者
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誰もが平等に持っている、自身の名前、種族、職業、レベル、スキル、称号の6つを可視化させる『ステータス』。
要約すると個人情報の塊のようなもので、あまり人に見せてはいけない類のものだ。
まあ、自分から相手に見せようと強く思わない限りは、基本的に自分以外に見せることは出来ないが。
とは言え、『鑑定』や『魔眼』、『神眼』などといった特殊なスキル保有者には、此方が見せようとしなくとも勝手に見られてしまう可能性はある。
「これはいつも通り読めるんだな」
思い返せば昔、使う文字の違う他種族からステータスを見せてもらったことがある。
これは自分の知ってる文字で表示してくれている、ということなのだろうか。
全種族等しく『ステータス』を持っているとはいえ、考えてみればどういう仕組みなのか全く分からない。
この世界には様々な種族が存在している。
例えば人族、ドワーフ族、エルフ族、獣人族。
種族によって様々な特徴を持っており、ドワーフなら鍛冶や生産系統のスキルレベルが上がりやすかったり、エルフなら精霊魔法や樹魔法に長けていたり、獣人族なら身体能力が高かったりだ。
種族の違いで外見にかなりの差が生じたりするので、迫害を受けてしまう種族もいる。
俺は執着することはないが、主に貴族などは他種族に対してかなり強く拒絶したりする傾向にある。
だけど、此処では獣人が当たり前に馴染んでいたので、この国ではそういったものは無いのかもしれない。
職業は、その者の人生においてとても重要なもので、大きく分けると戦闘職と生産職の二つに分けることができる。
戦闘職か生産職かによって、どんな仕事に就いて生きていくかが決まるようなものなので、文字通り人生を左右するものといって差し支えないだろう。
スキルは一般的に少なくても一つは持っており、持っているスキルのスキルレベルによってそのスキルの影響力が変わってくる。
つまりスキルレベルが高ければ高いほどその影響力は強くなっていくのだ。
多くの人が誤解しているのだが、別にスキルを持っていなくてもスキルと似たような事を再現することは出来たりする。
スキルを持っていないだけで使えないと判断され、無能扱いされることも良くあることだ。
実際、【魔界】に行くまでの俺はそう言った考えを持っていた。今となっては恥ずかしい思い出だ。
剣術のスキルが無くても剣を振れるように、魔法だって努力次第ではどうにでもなるのだから。
レベルはあらゆることで上げることが出来る。
一番簡単に上げることが出来るのは⋯⋯生物を殺すことだ。
もっといえば、命を奪うこと。あまり良い聞こえ方はしないが、事実なので仕方無い。
なので戦闘に携わらない人は大体レベルは二桁すらいかない。
加えて、レベルには上限が存在していて、その上限値は一般的に99。
称号は、これもあらゆることで得ることが出来る。
例えば俺の称号にある〝Gランク冒険者〟等は冒険者登録することで得ることが出来た称号だ。
数多ある称号の中には特殊な称号というものも存在する。
俺の持っている〝超越者〟や〝覚醒者〟も特殊な称号の部類になるのだが、この二つはその中でも更に特別で。
──レベルの上限を上げてくれる称号なのだ。
上限値が99にも拘わらず、俺のレベルはその更に上をいっている理由がこれだ。
簡単に説明すると、レベルの上限を一桁増やすというものがこの称号であって、そのお陰で俺のレベルは四桁に到達している。
更にスキルレベルの上限も上げてくれるというおまけ付きだ。
他にも有名どころを挙げると、竜を討伐しまくると与えられる〝竜殺し〟──ドラゴンスレイヤーは、竜に与えるダメージを増幅してくれる。
冒険者なら一度は夢見る称号だ。
特に変化が見られない事を確認した後で『ステータス』を閉じ、再びベッドに倒れ込む。
ここ数年は全く変わっていない『ステータス』だが、これを眺めると何故か落ち着く。
(明日は何しようかな⋯⋯?)
ぼやけていく視界を眺め、そう心の中で呟く。
段々と視界が狭まっていくのを感じながら、俺の意識は微睡みの中に落ちていった。
どうだったでしょうか。
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