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魔界から帰って来たら、世界は救われた後でした。(旧:最強って誰のことですか?)  作者: 如月
一章 魔界から帰って来たら、何もかもが変わっていました
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第二話 冒険者登録 ①

「よし、転移は上手くいったみたいだな。20年ぶりの青い空だ⋯⋯!」


 静かな森の中、心地よい微風(そよかぜ)によって木々が揺れ、木漏れ日がキラキラと光っており、小川に流れる水も太陽に反射して美しく輝いている。

 そんな森の中に俺の声が響き渡った。


 此処は先程まで居た【魔界】とはまた別の世界、俺が生まれ育った世界だ。


 まあ、この世界に生まれ育ったといっても【魔界(むこう)】に居た時間の方が長いのだが、細かいことはどうだっていい。


「取り敢えず近くに人は⋯⋯いるな。此処が何処の国かも確認したいし、取り敢えず会いに行ってみるか」


 俺は【魔界】で(やしな)った気配を探る感覚で人が近くに居ることを確認し、その方向へと走り出す。

 何をするにしても、まずは現在地を知らないことには始まらないからな。

 森の木々を縫うようにして避けながら、リズムよく森の外へと向かって走っていく。

 その途中で何体か魔物と遭遇したが、それほど強さもなく素材が良い訳でもないので戦闘は行わずに走って通り過ぎた。

 どうやらこの森は比較的魔物が弱く数も少ないようだ。


 数分後、無事に森を抜けて人工物であろう道に出ることに成功した。

 そして目的の人を視界に収めることも出来た。


 目の前には一台の馬車が走っていて、御者が1人と中に2人、そして馬車の周りに5人の武装した人達が馬に乗って走っている。恐らく護衛だろう。

 その集団は、馬車の進行方向を先読みしてきていて、素通りされても困るので両手を振ってアピールする。


「──うおっ!?」

「こっ、子供?」

「いつからそこに⋯⋯」


 俺が目の前に現れたことで御者と護衛達は驚きの声を上げ、何とか馬を止めさせる。

 急に止まったことにより周囲に砂埃が立ち込め、もう少しで俺にぶつかるという所で馬車は漸く動きを止めた。

 反応から察するに少し驚かせてしまったらしい。今更ながら申し訳ないことをした。

 馬車の中に居る人は大丈夫だっただろうか⋯⋯?


「おいそこの少年、危ないではないか」

「無礼だぞ!」

「あー、えっと⋯⋯すみません」


 護衛達が俺に声を掛けてくる。

 俺が馬車を止めたことに対してかなり怒っているようで、腰にさした剣に手を掛けている。


 それに無礼、と言っていることを考えると、馬車の中に居る人はどうやらある程度の身分を持った人らしい。

 馬車もかなり上等なもののようだし、当然といえば当然なのだが。

 不敬罪とかにならなければいいんだけど⋯⋯。


「この紋章が見えないのか?」


 一人の護衛の男が、馬車の側面に彫られているものを指し示しながらそう言った。

 そこには大きく竜を(かたど)ったような彫刻が(ほどこ)されている。

 多分というか確実にこの彫刻のことを指しているのだと思うのだが、それがいったいなんだと言うのだろう。


「竜を象った紋章のことですか?」

「そうだ」


 うん、予想は的中したようだ。

 ⋯⋯。

 ⋯⋯⋯⋯。

 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯。


「綺麗な彫刻ですね。それがどうかしましたか?」


 何故か得意そうな顔になっている護衛の人が伝えたかったことを、俺は全くわからなかったので聞き返すと、一瞬にして護衛の男の顔が真っ赤になった。

 目をカッと見開き、歯を食いしばり、握った拳がぷるぷると震え、身に付けている鎧がカチャカチャと擦れ合っている。


 よく見れば、護衛の人達の鎧にもこの竜の紋章が左胸のあたりについていた。馬車のやつとお揃いだったりするのかな?


「きっ、貴様ぁ、このような無礼を働いて唯で済むとは思っておるまい?」


 シャラン、と護衛の男が腰から剣を抜き放ち、そのままの勢いで俺に突きつけてきた。

 他の四人の護衛も同様に剣を抜き放ち、構える。

 護衛の人達はみな怒りが頂点に達しているらしく、目が血走り今にも斬りかかってきそうな勢いだ。


 何故この人達はこんなにも怒っているのか、本当に分からないんだけど⋯⋯。

 やっぱりお貴族様だったのか!? ⋯⋯いや待て、貴族ということは。


「ああ! 家紋ですね!」

「ふざけているのかッ!」


 これではまともに話も出来ないので、取り敢えず(なだ)めてみるしかない。


「お、落ち着いてくださいっ、誤解ですよ!」

「何が誤解だ、ふざけたことを口にするな! 私が今この場で処罰してくれる!」


 俺の声はまるで向こうに通らず、とうとう護衛の男が俺に斬り掛かってきてしまった。

 しかし相当感情的になっている所為か、太刀筋が甘すぎる。なのでただ力任せに上段から振り下ろされた剣を一歩横にずれるという最小限の動きだけでかわして見せる。

 護衛の方はまさか避けられると思っていなかったのか、そのままバランスを崩してたたらを踏む。


「なっ!? 避けるな!」

「いやいやいや、避けないと当たっちゃいますけど!?」


 護衛の男が驚いたような声を上げ、間髪入れずに次の攻撃を仕掛けてくる。

 今度は大振りの横凪ぎで俺を斬ろうとしてきた。

 しかしまたしても初動が大きすぎて、どんな攻撃を仕掛けてくるのか此方にバレバレで、後ろに跳ぶことで危なげなく回避する。


 感情的になっているからといって、剣速があまりにも遅すぎる。

 これじゃあ避けて下さいと言っているようなものだが、何を考えているのだろうか。


 偉い人を護衛しているのにこの弱さは少し違和感を覚える。

 パッと見た感じ冒険者ではなく騎士に見えるが、もしかして騎士成り立ての騎士見習いなのだろうか。

 しかしそんな者達に護衛を任せるのも可笑しい。急ぎの用などでまともな護衛を用意することが出来なかった、とかだろうか。



 いや違う、これがこの世界の────。



「くそっ、何で当たらないんだ! お前たちも手伝え!」


 とうとう自棄になったのか、後ろで待機していた護衛に声を掛ける。

 それを聞いて4人の護衛は再び剣を構え直し此方に斬り掛かってくる。

 といっても相手が5人に増えたところで大したことはないが、かなり面倒な事になってしまった。


「無礼は謝ります、此方に戦う意思はありません、俺は怪しい者ではないです!」

「ではお前は何処から現れた」

「あの森から来ました」

「怪しすぎるだろうが!」


 確かに! いや納得させられてどうする!?

 未だにこの人達が怒っている理由も分からないし、かといってこの人達を倒してしまったらそれはそれで面倒事の臭いがする。

 一方的に俺がこの人達を馬鹿にしていることになってしまうから。


「──止めなさい!」


 どうするべきか途方に暮れていたその時、突如護衛ではない人の声が聞こえてきた。


 声のした方へと視線を向けると、そこには10代半ばといった容姿の若い少女が馬車から降りてきており、それに続いて後ろから背の高い白髪の老人も馬車から出てきた。

 が、そんなものは俺の目にはまるで入ってこなかった。


 何故なら俺は、ある一点だけに目を奪われてしまっていたから。


(⋯⋯美しい⋯⋯)


「姫様っ!?」

「どうして馬車から出てこられたのですか!」

「危険です! 御下がり下さい!」


 護衛達が何か言っているが、俺の耳には全く入ってこない。

 それほどまでに俺の心は()()に奪われてしまっていた。こんなに心が揺らいだのは生まれてこのかた初めての経験だ。一体何なのだあれは⋯⋯!?


 俺の思考が停止している中〝姫様〟と呼ばれた少女は護衛の制止を無視して此方へ近寄ってきた。

 俺はそれを目で追う。

 立ち止まったかと思うと、少し怒った表情で俺を見つめてくる。


「あなた、いったい何の真似ですか?」

「綺麗ですね」


 ⋯⋯あれ? 俺いま何て。


「へっ!? なな、何を言ってるんですか!?」

「あっ、すみません! こんなに美しい()を見たのは初めてだったからつい!」

「きゅ、急にそんな事言われても困ります!」


 俺の言葉に少女の顔が先程までの護衛の顔のように真っ赤に染まる。

 その(しゅ)に染まった顔を隠すようにして、両手を顔の前に持ってきて恥ずかしいといったポーズを取った。


「何処でその()を手に入れたんですか? やっぱり貴族様って皆そういうの着ているんですか?」

「⋯⋯へっ? ふ、服?」


 何故か俺の言ったことに途端に間抜けな声を上げる少女。

 何だ? 俺はまた変な事を口走ってしまっていたか?


 暫くの思考の後、俺は理解した。

 身長年齢共に俺より低め、まだ幼さもあるが大人びた雰囲気を(かも)し出しており、顔は小さめで目は大きく、水色の髪が風に吹かれてさらさらと揺れている。

 まあ確かにかなり可愛いと思う、服がそれを上回ったというだけの事。

 いや、失礼すぎないか俺っ!


「えと、誤解させるような言い方ですみません!」

「~~っっ! こ、今度から、気をつけて下さいね⋯⋯っ」


 彼女の方も話の食い違いを悟り、とても恥ずかしそうな表情をしながら、震える声で俺に注意してくる。

 ⋯⋯本当に申し訳無いことをした。後ろの護衛達もどうして良いか分からずおどおどしている。


 流石に女の子に対して失礼だった。

 【魔界】では上等な衣服などそう出回るものではないので、つい物珍しさが先行してしまった。

 一応、誤解のないよう彼女のことも誉めておくべきか。


「でも、あなたも凄く可愛いですよ、本当に!!」

「もう良いですっ。それで、結局何の用だったんですか?」


 ⋯⋯失敗した。


「そうだった。此処って何て言う国なんですか?」


 危ない危ない、この子に聞かれなかったらこのまま別れていたかもしれない所だった。

 まあ、忘れずに聞けたのだから良いことにしよう、うん。

 ⋯⋯ってあれ、何か様子が可笑しい⋯⋯。


「本気で、それを、私に、訊いているんですか?」

「え、そうですけど」


 何故か、再び少女の顔が真っ赤に染まっていた。いったい全体、今度は何に対して怒っているんだ⋯⋯!?

 分からない、分からないが──。


『今まで【魔界】で暮らしていたので。世間知らずで本当に申し訳ありません』


 ──なんて言える筈もない。

 寧ろ怪しさに箔が付いてしまうじゃないか!

 取り敢えず答えてもらえるのなら有難い。


「良いでしょう。忘れないようにしっかり頭に刻み込んで下さいね。此処はリーアスト王国。私の父、ジェクト=オルネア=リーアストが治める大陸最大の大国です」

「リーアスト、王国⋯⋯」

「そうです。一度は聞いたこともあるでしょう?」


(そんな国、あったっけ⋯⋯?)


 全く聞き覚えのない国名が出てきて頭の中が混乱する。

 俺の記憶が間違っていないならば、20年前にはそんな名前の国は無かった⋯⋯筈。しかも大陸最大の大国とこの少女は言った。

 それを考えると尚更自分の耳を疑いたくなる。

 となると考えられる事は二つ。


 一つ、この少女が俺に嘘をついている。


 確率的にいえばこれが一番有力だろう。

 しかし、この少女は嘘など言っていないと思う。毎日が死闘の繰り返しだった【魔界】で養った俺の勘はほぼ間違いなく当たる。

 慢心なのかもしれないが、実際に俺は自分の勘に何度も助けられているし。もし疑っていたならばいま此処に俺は居なかっただろう。


 そしてもう一つの考え、この20年間の内に(おこ)った。


 しかしこれはあまりにも不自然すぎる。たったの20年そこらで大陸最大の大国に成長?

 全くもって馬鹿馬鹿しい。そんな簡単に国が出来てたまるか。

 検討結果、理解不能。意味が分からない。さっきからわからないことばかりで頭が変になってしまいそうだ。


「聞いたことがあるような⋯⋯無いような⋯⋯。と、取り敢えず助かった⋯⋯助かりました! 教えてくれてありがとうございます」

「今回は許しますが、次そんな事を口にしたら、無事ては済まされませんよ?」


 それだけ言うと、少女は馬車の中へと戻っていき、護衛達も馬に乗り走っていってしまった。

 俺は、ただ苦笑いを浮かべて見送ることしか出来なかった。

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