1-8
◆
次の日。
朝の挨拶代わりにしっかりとわたしを抱きしめてから、璃亜は全身をくまなく触ってきた。
「白昼堂々1組の花村と5組の大川が昇降口で別れるなら殺すっていう修羅場を演じて、花村が刃渡り20cmの出刃包丁を持ち出してきて児童相談所沙汰になったって聞いたんだけど、どこも怪我してなさそうね」
「だから皆わたしにこっそり視線を送ってきてたの?」
内容のくだらなさにコメントがしづらい。璃亜がわたしの肩をつつく。
「っていうかいつの間に付き合ってたのよ」
「……わたしも今はじめて聞いたわ」
誰が吹聴して、そんな話になってしまったんだか。
「現に、わたしはこうして元気に登校してきてるんだし」
「まぁねぇ。なんだ、付き合ってるってのも嘘かー、よかったよかった」
「嬉しそう」
「大川はあたしのものよ。どんな男だって審査をパスしてくれなきゃ認めないわ」
それにしても、しばらく花村には話しかけられそうにない。あんな終わり方をしたし、変な噂も広まっているようだし、当分は避けられるだろう。
「そんなことより、お兄さんの件、なんだけど」
――璃亜が提案してきたのは、隕石が落ちたという山へ行ってみる、というものだった。
「色々と調べていたんだけど」
璃亜がわたしにぴったりと密着したまま、スマートフォンを見せてくる。
「かみか、く、し……?」
いかにも怪しげなウェブサイトには、『隕石の謎を追え!』と大きく表示されている。
「ここの情報掲示板に、輪郭がぼやけた人間が、消えてしまうって話が載ってる」
どき、ん。自分の心臓の鼓動が途端に大きくなる。声が掠れる。
「それと隕石がどう関係しているの」
「消える前に、皆、隕石の落ちた山に向かっているらしいの」
「お、お兄に、連絡とってみる……」
手が震えてスマートフォンをうまく触れない。
「落ち着いて。大丈夫、まだそうと決まった訳じゃないから」
なんとかメッセージを送信する。
『今日会える?』
だけど、返信はなかった。
既読マークも、つかなかった。
――兄が行方不明となり、捜索願が出されたと知ったのは3日後の深夜。
教えてくれたのは、帰るなりわたしの顔をはたいてきた母親だった。母自身も事実を受け止めきれていないのだろう。明らかに酔っていて呂律が回らない状態で、兄がいなくなったと繰り返す。
勢いで吹っ飛んで、壁に頭をぶつけた。ひりひりとする左頬とじんじんとする後頭部、どちらを痛がればいいのか分からなかった。
むしろ頬か頭が痛い方がマシだった。
「あんたがいなくなればよかったのに!」
母が、ダイニングテーブルの上にあったシュガーポットを力任せに投げつけてくる。とっさに手を出したおかげで顔には当たらなかったけれど、蓋が開いてわたしは砂糖塗れになった。
ぷつん。
そのとき、何かの糸が切れた気がした。
「そんなのわたしがいちばん分かってる!」
体が勝手に立ちあがって、自分のものじゃないみたいな大声を出していた。
反論されると思っていなかったのだろう。母の酔いは一気に冷めたようで顔が青白くなる。
だけどわたしはそのまま家を飛び出した。
星ではなく、静かに雨が降っていた。
『あんたがいなくなればよかったのに!』
『あんたがいなくなればよかったのに!』
『あんたがいなくなればよかったのに!』
母の声が反響する。
どこが痛いのか分からないけれど、とにかく痛くて苦しい。全身を、外からも中からも、色んな太さの針で刺されているようだった。
痛みの正体。
花村と、同じなんだ。わたしの居場所は、どこにも、ない。
「……う」
ぽたりと、雫がアスファルトに落ちて、雨と混ざり合う。
両腕で自分自身を抱きしめる。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!」
叫んで、叫んで、叫んだ。
わたしだって花村と変わらない。
自分だけが辛いと思っているし、他人には理解しようもないと、断絶しているんだ。
わたしの方がいなくなればよかったのに。
わたしの方が、消えてしまえばよかったのに。
誰も教えてくれない。
死ねないわたしは、どうすれば。