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セツナリウム  作者: shinobu | 偲 凪生
第1話【大川譲羽】
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1-6


 とても陽射しが穏やかで暖かい。

 散歩にちょうどいい気候だ。駅までの道を歩いていると、既視感を覚えて立ち止まる。

(あれは、花村家の?)

 わたしは信号待ちをしているリムジンを見つけた。この前と同じ、仏頂面の花村が座っている。

 近づいて行って、こん、と窓を叩く。

 花村はわたしを認識してひどく嫌そうな表情になった。大きな交差点であるのをいいことに、わたしはこんこんこんと何回も窓を叩く。すると諦めたのか窓を開けてくれた。

「こんにちは」

「またお前か。休日にまで、何の用だ」

「今から中央駅で委員長とうちの兄がペインの曲を弾き語りするのを観に行くんだけど、一緒にどう?」

「はぁ?」

 発言のすべてに意味が分からない、という返しだ。

「星大さまのご友人ですか?」

 かちかち、とハザードランプをつけて、運転席に座っている白い手袋をはめた初老の男性が優しく問いかけてきた。

 お抱え運転手か執事かは分からないけれど、流石お金持ちだ。

(せいた、っていうんだ。名前)

「まさか」

「はい、そうです!」

 花村がきつくわたしを睨みつける。知ったことか。

「星大くんの好きな歌を、今から中央駅で、友人が歌うので! 是非! 一緒にどうかなと思いまして!」

 わざとらしく大声で宣言してみせる。

 運転手さんはわたしの方を見て、にこにこと微笑んでくれた。

 穏やかそうな表情に、わたしの父だったらよかったのにとも感じてしまう。

 そして運転手さんはわたしの味方につくことにしてくれたようだ。

「行かれてはどうですか。この後の予定は特にないんですし」

「……高畑さん、楽しがっていませんか」

「いえ、坊ちゃんにも元気なご学友がいると知り、喜んでおります。お嬢さん、なんならお乗りになりますか」

「はい喜んで!」

 拒否される前にわたしは大きく手を挙げた。

 花村との間にひとり分空けて座る。リムジンとやらに乗るのなんて生まれて初めてだ。すごく広い、かたいのにふかふかしている、かっこいいくらいしか感想が出てこない。わたしはとうていお金持ちになれそうにない。

「お名前は?」

「大川譲羽といいます。西高校1年5組です」

「私は高畑と申します。花村家の運転手をしております。大川さん、坊ちゃんとは組が違うようですが?」

「わたしは、星大くんに傘を貸してもらったんです。星降りの日に」

「ほぅ、傘」

「たまたまです」

 花村がむきになって訴える。

 高畑さんに対しては、人間らしい接し方をしているみたいだ。そのことにちょっと安心した。まったくの鉄面皮ではないようだ。

「着きましたよ」

 あっという間に、中央駅のロータリーにリムジンが入っていく。

「僕は行くとは言っていない」

「まぁまぁいいじゃない。ここまで来たら行くも行かないも同じ」

「星大さま。また、終わりましたらご連絡くださいませ。どこへでもお迎えにあがります」

 観念したのか、花村は反対側から乱暴に扉を開けた。

「坊ちゃんを宜しくお願いします」

「はい」

 バックミラーに映るわたしと高畑さんの笑顔が、ちょっとだけ似ていた。



「え? 花村? どうして? 誘ってもあんなに拒否ってたのに」

「……僕だって来るつもりはなかったんだ」

「やっぱりすごいな、大川」

 藤沢が感嘆を漏らす。今日の藤沢は、普段から想像のつかない、ちょっとへんてこな服を着ていた。黒を基調とした切りっぱなしの布が連なっているようなトップス。その下に黒いパーカーのフードが覗いている。ゆるっとした雰囲気がある。良くも悪くも、ペインを聴いてそうな感じだ。

 そして藤沢の隣で、兄はカホンに座っていた。アコースティックギターも持っている。楽器を演奏しているのを観るのは久しぶりだ。

 無地とチェックの切り替えが入った不思議なデザインの青いシャツを着て、ライトグレーのデニムを履いていた。さらに黒縁の眼鏡をかけている。

 ふたりの恰好が入れ替わるとちょうどイメージ通りなので、不思議な感じだ。

「そちらの彼は?」

「同じクラスの花村くんです」

「さっきばったり会って、連れてきちゃった」

「どうも。大川譲羽の兄で、慧人といいます」

 兄は花村に微笑みかけた。

 花村が気まずそうに小さく会釈する。白いシャツに紺色のベスト、きちっとした恰好で、お坊ちゃんなんだと思わずにはいわれない。

「毒にも薬にもならない弾き語りだから、まぁ、適当にどうぞ」

 すぅ。

 兄が、呼吸をすると、一気に場の空気が変わった。

 ギターをちょっとずつ鳴らしながら、段々とメロディーが生まれる。


♪もし神さまがいるんだとしたら、

 何の為に星なんか降らせているのか訊いてみたいんだ

 

 藤沢と花村の目が丸く大きく見開かれた。

 兄は元々ギターヴォーカルだったので、歌だって上手いのだ。

(いや、でも、流石にペインのベーシストだとバレるのでは)

 バレてもいいけれど、と思いながら耳を傾ける。大好きな兄の歌声。


♪僕の神さまならこう答えるかもしれない。

 意味なんてないさ。

 君が生きているのと同じように


 ビブラートをきかせながら歌い上げたところで兄が演奏を止めると、男子二人が勢いよく拍手をした。

「すっ、すごいじゃないですか、慧人さん……! これが趣味のレベル?」

「年の功だよ。藤沢くんも続けていけばこれくらいにはなるさ」

 ふっと花村を見ると、まだ顔が驚いたまま固まっていた。

「……大丈夫?」

 我に返った花村が、口をきつく結ぶ。

 何かしら感情が揺さぶられるところがあったんだろうか。何も言わなかったけれど、この場には居続けてくれそうだった。

「じゃあ、俺がカホンを叩くから。藤沢くんはギターね」


♪人間を創造するのは神さま

 でも神さまを選択するのは人間

 どうして僕の神さまは

 僕なんかを世界に放り出したんだ

 星が降ってくる

 僕の気持ちなんて無視して

 今日も星が降る

 もし神さまがいるんだとしたら、

 何の為に星なんか降らせているのか訊いてみたいんだ

 僕の神さまならこう答えるかもしれない。

 理由なんてないさ。

 君が喪ったものと同じように


 人間を定義するのは神さま

 でも神さまを定義するのも人間で

 だったら僕の神さまは誰か

 僕自身が決めたい

 星が降ってくる

 僕の痛みなんて無視して

 今日も星が降る

 もし神さまがいるんだとしたら、

 何の為に星なんか降らせているのか訊いてみたいんだ

 僕の神さまならこう答えるかもしれない。

 意味なんてないさ。

 君が生きているのと同じように


 理由なんてないさ。

 君が生きているのと同じように


 アップテンポなのに、感情に刺さってくるメロディー。

 藤沢はしきりに兄を褒めちぎり、花村は無表情で拍手を送る。

(あれ……?)

 兄の輪郭がどんどんぼやけて見えてくる。わたしの瞳が潤んでいるのではない。

 藤沢や花村は普通に見えるのだ。

(ぼやけているというか、光ってる?)

 ごしごしと目をこすってみたけれど元に戻らない。

「どうした?」

 異変に気づいた兄がわたしを見上げた。

 輪郭がぼやけているというか、うまく説明できないけれど、まるで兄が光の粒子に変化しているように見えて、見えて……。

「ううん。なんでもない」

 ざらついた不安を、わたしは無理やり飲みこんでごまかした。

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