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セツナリウム  作者: shinobu | 偲 凪生
第1話【大川譲羽】
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1-3


 たとえば。

 ひとりで遊ぶほうが好きだとか、友だち同士でお揃いの物を買うなんてばかばかしいだなんて宣言した暁には、きっと次の日から教室内でのわたしのランクは底辺のなかの底辺に下がってしまうだろう。だけどわたしだってそこまで空気を読めない人間じゃないからそんなことは絶対に言わない。たとえ、思っていたとしても。

 適当に周りと話を合わせて、タイミングを揃えて笑って、なんてのは得意技だと思っている。

多少自分を偽っても、それで日常っていうルーティンワークが滞りなく済むのなら、わたしは全然かまわない。

それがわたしの学校内におけるルールだ。

 そして、たいていの人間はそうであると、勝手に考えている。社会性を身につけるというのも学校教育の一環なのだ。

 だからそうでない人間というのは浮いてしまうか、沈められるか、どちらかになる。


 ――空気みたいだ。


 そう、思った。誰にかというと、昨日の傘を貸してくれた男子に。

 西高校1年は8組まである。休み時間を使って傘の持ち主を調べようとしたら、見事、一発目で見つかった。彼は1組の教室のいちばん奥の席で、しかめ面をして文庫本らしきものを読んでいた。前髪が眼鏡にかかって邪魔じゃないんだろうか。

誰も彼に話しかけようとしていなかった。

浮きもせず沈まされもせず、存在していないかのような。そう、まるで空気のような、立ち位置。

(さて、どうしよう)

傘を返してお礼を言おうと思ったけれど、きっと彼に話しかけたら目立つに違いない。大人しくしたい身としては困ってしまう。

「あれ? 大川、ちょうどいいところに」

 入り口でまごついていたら知った声が降ってきた。

「昨日はありがとうな」

 ぽんぽん、と軽く頭を撫でられる。わたしは自分のショートボブの端を両手でつまむ。肩をすくめて、1組の女子たちに気づかれないようにさっと壁に身を寄せた。

 藤沢のファンは多いので、見つかったら面倒な噂を立てられるかもしれない。

(あ、そういうことか)

 彼自身もそれを理解しているから家や高校から離れた駅で弾き語りをしているんだろう。

 人気者の藤沢悟という事実を隠して、暗い暗い曲を歌っている。

「後で5組に行こうと思ってたんだ。ちょっと待ってて」

 藤沢は我慢できなかったのか、自分の席からCDの入った袋を持ってくる。

「ペインの。限定盤もある」

「あ、ありがとう」

 袋を覗くとやはりわたしが全部持っているものばかりだった。なんならここにないものは貸してあげたい、とも思う。

「またお兄さんともゆっくりペインの話をしたいな」

 藤沢は仔犬みたいな可愛らしい笑い方をする。わたしには到底できない。

 中学生の頃から、わたしは藤沢に対して、恋愛とは違う、尊敬のような感情を抱いている。

 だからこそひとりで歌っていたのが別人のように思えた。

「伝えておく」

「うん。そうだ、今さらだけど連絡先を交換してもいいかな」

「あ、うん」

 藤沢のスマートフォンにはペインのステッカーが貼ってあった。そんなに好きだったとは。

 あの男子に関することを聞いてみようかと思ったけれど、浮き浮きしているのに水を差しそうでやめておこう。

「返すときは連絡してくれたらどこでも行くから。何なら飯でも食おう」

「高校がやだったら、昨日みたいに中央駅前の広場でもいいよ」

「そんなこと言うなって。……あ。また星が降ってきたな」

 言われて廊下から窓の外を見るとたくさんの星が降っていた。

 たしかに、最近星降りが多い気がする。

「『もし神さまがいるんだとしたら、何の為に星なんか降らせているのか訊いてみたいんだ』、だな」

 それはペインの歌詞の一節だった。

 この前藤沢が歌っていた『理由に名はない』というタイトルの歌詞。

「『僕の神さまならこう答えるかもしれない。意味なんてないさ。君が生きているのと同じように』?」

 正解。藤沢が微笑む。

 被せるようにして1組から大きな笑い声が聞こえてきた。

 だけどそのなかに、あの男子のものは含まれていないんだろう。



「あの男、大川の何」

 教室に戻ると、璃亜が頬を膨らませてふてくされていた。

 結城璃亜は不思議な人間だ。ど派手な緑色の太いフレームの眼鏡をかけていて、スカートはぴたりと膝下丈。1人しかいないけど、超常現象研究会の会長を務めている。

 つまりわたしとは違って、デフォルトの女子高生からはかなりかけ離れている。だけど決してハブられたりはしない『なんでも許されるキャラ』なのだ。

そして、変わった奴だけど、付き合いやすい。

「どの男」

「さっき1組の廊下で話してた背の高いイケメン」

「あー。委員長のことか。藤沢悟。同じ北中だったの」

「それだけ?」

「それだけ、だよ」

 朧気な記憶。

 藤沢はペインを救いだと答えたけれど、中学時代、わたしにとっての救いは藤沢だった。

「あたしの大川に、距離が近すぎた。怪しすぎる。もっと詳しく聞かせなさい」

 璃亜が追及しようとしてきたところで始業のベルが鳴った。しぶしぶ席に戻る璃亜に、わたしはぱたぱたと手を振ってみせる。

 どうせ授業が終わる頃には璃亜も綺麗さっぱり忘れていることだろう。

(それよりも)

 数学Aのノートに、なんとなくシャープペンシルを走らせた。

 傘の絵を描いて、下に、3つの吹き出しを付け足す。


――協調性のなさそうなあの男子は、どうして見ず知らずのわたしなんかに傘を貸してくれたんだろうか?


 いち。単純に困っているひとを放っておけない。に。なんとなく星に当たりたい気分だった。さん。あの傘があまり気に入っていない。

 考えてみたもののどれもぱっとしなかった。

 傘はこっそりと昇降口の1組の傘置き場へ返しておこう。わたしは黒板の隅まで到達しそうな板書を慌ててノートに書き写す。



 周りに誰もいないことを確認してから傘置き場に傘を入れようとしたときだった。

「あ」

 タイミングがいいのか悪いのか、傘の持ち主がこちらへ向かって歩いてきていた。

 見れば見るほど、陰鬱とした雰囲気の持ち主だ。彼は眼鏡の奥から怪訝そうにわたしを見てきた。

 出会ってしまったからにはしかたない。直接、傘を差し出す。

「傘ありがとう。助かった」

「それはよかった。だけど、いい。もう要らない」

「でもわたしが持ってたって使わないし」

「その傘、嫌いなんだ」

 見た目通り、ぼそぼそと喋る男子だ。

「嫌い、って」

「それに昨日は星に当たりたかったから」

(ちょっと待って。予想、全部正解じゃん)

「考え事をしてたから?」

 問いかけてみると、男子は黙りこんだ。会話の成立は見込めなさそうだ。

「いや、いい。じゃあ、さようなら」

 なんとなく、この男子がどんなタイプが分かってきた。

 人目につく前に早く会話をそれとなく終わらせよう。わたしは男子に背を向けて歩き出す。

 2回目の会話は最後の会話となるだろう。

 捨てるのも気が引けるし、受け取りを拒否されたこの傘は兄にでもあげよう。わたしは1組の下駄箱の裏側にある、5組の下駄箱へと歩く。

 スリッパを脱いでローファーに手をかけたところで背中に衝撃が走った。

「ぐぇ」

「ゆずゆずゆず、見つけた! 一緒に帰ろう!」

 背後から抱きついてきたのは璃亜。

 テンションがあがっていると、わたしのことを名前で呼ぶのだ。

 璃亜の身長は165センチ。対するわたしは149センチ。背中に、璃亜の胸が思いきり当たる。

「どうしたの?」

「ほ、骨が折れるかと思った」

 振り向くと今度はしっかりと抱きしめてくる。ほのかに不思議な香りがした。璃亜は香水をつけていないといつも言うけれど、璃亜にしかない香りがある。透明な香りで、幼い頃舐めてみた星の味とどことなく似ていた。だから璃亜が近づいてくるとすぐに分かる。

 抱きついてくるのは璃亜の感情表現だと2学期に入った今なら理解できるものの、勢いが強すぎて時々ついていけない。璃亜を抱きしめ返したことは一度もなかった。


 ――だって、明日になれば関係性が変わっているかもしれないから。


 思春期の女子高生の人間関係なんて不安定なものだ。

 それをわたしは経験でよく知っている。

 痛いほど。身に染みるほど。

「ちょっと、離れて。落ち着いて、璃亜」

 ぶぅ、と璃亜は頬を膨らませた。

「そんなやわじゃないくせに」

「あれ? その傘、どうしたの」

 わたしは手に持ったままの傘へ視線を遣った。

「……わかんない」

「いや、あたしにもわかんないから。ドーナツ食べに行こう、ドーナツ!」

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