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空は澄みきって、薄青を隅々まで広げていた。
少し冷たい風に吹かれて、虹粒と桜の花弁が舞っている。
人間は我の一部を虹粒とか星と呼ぶ。それがもたらす意味を知らずに。そして、この光景を風流などとのたまっている。なんて滑稽なことなのだろう。
若草色のアーチの下、門扉の横に入学式と大きく描かれた掲示板の前。
ひとりの少女が新品の制服に身を包んで、空を見上げていた。右手を伸ばして掴んだのは桜の花弁ではなく虹粒。しかし、それはあっという間に融けて消える。
少女の表情には僅かながら陰りがある。これは、人間関係につまずいた者のみが見せるもので、我にとっては美味であるサインだ。
そっと近づいていって、自然に声をかける。
「ひとり? あたしもなの。よかったら、友だちにならない?」
だいたいの人間は表情を緩ませ、警戒心を解き、我を懐に入れる。そして感情が熟したところで摂取するのが通常だった。
しかしこの少女は違った。眉をひそめて我を一瞥すると、我がこれまで一度たりとも見たことのない人間の表情で微笑んだのだ。
――笑っているような、泣いているような、疑っているような、信じたいような。
詩的表現を用いるならば、寂しさをゆらゆらと心の底で揺らしているような。
桜の花弁ではなく虹粒を選ぶ、儚さ。
そのとき、我は初めて、人間に対して、この少女について、一個体として興味が湧いたのだ。
大川譲羽という、ひとりの少女に。




