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◆
小さく溜息を吐き出す。それから、大きく深呼吸をひとつ。
ここのところ、外ではあいつらがずっと傍にいたので、うるさくてしかたなかったのだ。
(その分、残響はあまり聞かずに済んだが)
周囲の客が増えてきた。それなりに混み出して、賑やかになってきている。遊園地を遊園地として楽しんでいないのは僕たちくらいだろう。
しかし。
(楽しむことに何の価値があるというのか)
人間はいつか死ぬ。
死んでしまえば、悲しかった記憶も、楽しかった記憶も、なくなってしまうというのに。
どうして人間は感情にいちいち揺られているのだろうか。
そして、死ぬときは1人なのに、いちいち他人を構おうとするのか。
(全部、無駄なことだ)
大川譲羽に傘を貸したのだって、ほんの気まぐれで、意味なんてなかったんだ。
(そういえば、あいつ、メリーゴーランドと観覧車とか言っていたな)
会話の切れ端を思い出して園内地図を広げる。観覧車はハッピーランドの西端に位置しているようだ。
宇宙人は大川と友だちごっこを満喫しているのだろうか。
もういい、と言ったくせに。
(くだらない)
親指の爪を噛む。
今日は絶対に逃がさない。
誰に止められようが、誰を犠牲にしようがかまうものか。
宇宙人を殺す。
僕はその為に生きてきたのだから。
◆
おもちゃのピストルをかまえて、いつでも銃口を向けられるようにしておく。
全神経を尖らせる。
思考は冴え渡っていて、万能感もある。雑音は聞こえてこない。代わりに自分の呼吸音がやけに大きく聞こえた。
(観覧車……あった!)
定番のアトラクションだからだろうか。ロープに沿って乗車待ちの人間が数人ほど視界に入ってきた。
「いた……ッ!」
宇宙人と大川は今まさにかごへ乗ろうと誘導されているところだった。
足に力を込めて地面を蹴る。スピードを上げて、順番待ちの人間を追い抜く。何人かに注意されたような気がしたがかまわない。しかし1歩遅く、ふたりを乗せたかごは閉められて浮き上がる。
「ちょっと、お客さま!」
「どけ!」
係員を振り切って僕は次のかごに乗り込んだ。
「扉を閉めろ!」
唖然とした係員は安全を優先することに決めたのか施錠してくれる。
後半で奴の姿を見下せるようになったときがチャンスだ。
(殺してやる……殺してやる殺してやる殺してやる……)
今度こそ逃がしはしない。
『だから、物騒だって言ってるじゃないの』
不意に頭上から声が降ってきた。
気づくと、向かいに、輪郭のぼやけた宇宙人が座っていた。
「本体ではないな」
「当たり前でしょう。大川と一緒にいるわ」
「……何を企んでいる。藤沢と違い、僕にとって大川は人質にはならない」
宇宙人が、ふぅ、とわざとらしく溜息をついてみせた。
「ひとつだけ事実を伝えてあげる。あたしは間もなく存在自体が消滅する」
かごがゆっくりと頂上に近づく。
オルゴール調のBGMに重ねて、頂上から見える景色のナレーションが入る。
「予想通り、信じてない顔」
「僕がお前を殺す、という事実であれば、信用する」
「そういう意味じゃないわ。あたしは地球人を食べすぎた所為で、成分が地球そのものに近づいてしまった。やがて、気体となるか、液体となるかは分からないけれど、固体として形状を保っていられなくなり、地球の一部になってしまう。最近では力が弱まりすぎて、餌かどうかの判別もつかなくなってしまったわ。ようやく見つけても食べることができなかったし、もうお腹が空いてどうしようもない。無理やり食べて死ぬか、食べなくて死ぬか、どちらかしかないの」
「……ふざけるな。お前は僕に殺されるんだ」
僕は立ちあがって、目の前ではなく、下に見えるかごの、宇宙人の背中に向けておもちゃのピストルを構えた。
「この前、カラダを分解して再構築したおかげで、本当にもう力がない。この姿ももうすぐ消える。今ならかんたんに殺せるかもね、あはは」
ひきがねを引いたのと目の前の宇宙人が消えたのは同じタイミングだった。
球は窓ガラスを割って宇宙人の背中に当たる。当たって姿が消える。恐らく向かいに座っていただろう大川が穴の開いた窓に駆け寄ってきてこちらを見上げてきた。何かを訴えていたが分からなかった。
地上に戻ってきたところで待ち構えていたのは大川のみだった。
「花村! 行くよ!!」
ぐいっと左手を掴まれる。
「委員長にも連絡した。……璃亜は迷路の館で待ってる」
係員が叫びながら追いかけてきたが、人混みにまぎれてうまく巻くことができた。
◆
宇宙人がどんな話をしたのか、大川は走りながら語った。
――ごめんなさいと思っていないから、謝罪はできない。
だって地球人も、生き物を食べて生きているでしょう?
あたしにとっては何ら変わらないこと。
だけどひとつだけ、ごめんなさいと、言いたいことがあるとすれば。
「星穴も壊れてしまったし、力ももう残っていないから、食べてしまった人間を元に戻すことはできないんだって」
「馬鹿な奴だな。宇宙人の話を信用して、さらに、その話もしたのか」
「……そうだよ。わたしは馬鹿だよ」
大川がぱっと僕の腕から手を離す。
そのまま黙って歩くのかと思えば、すぐに口を開いた。
「ないのかもしれない、って言いたかったんだ」
地面に視線を落としたまま歩き続ける。
「この前は言わなかったけれど。璃亜とわたしの決定的な違い。……ないのかもしれない。でも、あなたを人間だと認めたら、宇宙人が奪ってきたたくさんの地球人の命を踏みにじることになる。――ただ、わたしにとって、結城璃亜は友人だったと、それはたしかに言える、って」
「矛盾してるな」
「わたしもそう思う。あーあ、ほんとに優柔不断で弱い奴ですよ、わたしは。この場に及んで、花村のことも、璃亜のことも、失いたくないんだ。だから見届けようと思ってる。普通の女子高生にできるのは、所詮その程度」
大川が立ち止まってくるりと振り向いた。
優柔不断だとのたまっておきながら、優柔不断には見えない、瞳からは強い意志が溢れていた。
(馬鹿じゃないのか。自分から傷つきに行こうとするなんて)
女子というのがそういうものなのか。
または、大川譲羽という人間が、そういうものなのか。僕には理解もできないし、しようとも思わないが。
「勝手にしろ」
「そのつもり」
やがて目の前には閑散とした雰囲気の漂う館が現れた。調整中、という看板がかかっていて、立ち入り禁止になっている。
「ここが、迷路の館。姿を消してからずっとここにいるらしいの」
行くぞ。
僕は先に足を踏み入れた。
ぐわ……ん。




