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セツナリウム  作者: shinobu | 偲 凪生
第2話【藤沢悟】
15/28

2-5


 強い風が吹いて、花村の髪の毛を乱暴にかすめていく。

 初めて花村の瞳を見たような気がする。

 まるで一切の光がない、深くて暗い闇の底。夜よりも濃い色。

 俺以外の3人は、大川兄が消えたのは隕石が原因だと信じて疑っていない。さらに、花村は両親が宇宙人に食べられたのだと言う。それでも、俺はファンタジーの世界に足を踏み入れていることをまだ信じ切れていなかった。

 腕に鳥肌が立っていた。ただただ否定もできずに、口を開けたまま花村の言葉を待つ。

 ぱちぱち。

「超常現象研究会会長としては興味深い告白だわ。でも、両親の仇討ちだなんて、物騒なことを言い出すのね」

 拍手をしたのは結城だった。

 超常現象研究会なんて高校にあったのか。だからオカルト的なことに詳しいのかと合点を得た。ただ、その言葉には、心配や不安より昂揚感が滲んでいる。順応性は高いけれど不謹慎すぎやしないか。

「僕は」

 花村は少しだけ告白を躊躇って、やがて決断して続ける。

「今までは宇宙人の現れるタイミングでここに来ることができなかった。大川には申し訳ないが、僕はこの機会を利用させてもらう為に協力することに決めたんだ。お兄さんを助けるのは藤沢に任せた。僕は、僕の使命を全うする」

「ちょっと待って!」

 大川が声を荒げた。

「そんな話、突然聞かされても」

「信じるか信じないかは任せる。お前たちなら他人に話したりしないと考えているから正直に言ったんだ。僕は、隕石が落ちた7年前の夜、両親が宇宙人に喰われるのを目撃している――」

 花村は空を見上げた。

 木々に覆われて鬱蒼としているから、木漏れ日はあまり差しこんでない。

 さっきまで暖かったのが嘘のように段々と肌寒くなってきている。それは、気温のせいだけじゃないかもしれないけれど。

「両親は地質の研究者だった。敷地内というのもあってふたりで星穴に向かい、宇宙人の最初の餌となった。僕はこっそりと後をついていって、一部始終を目撃している」

 花村が、隕石関係の事故という噂の真実を、ぽつりぽつりと、零す。

 一生語ることはできない恐ろしい光景だった、と息を吐き出した。

「そして味を占めた宇宙人は人間を喰らうようになった。知識を得た奴はまるで食虫植物のように人間を星穴で融かして摂取することにした。ただ、7年も経って、力が弱まっているのか時間がかかるようになってきている。1週間程度なら間に合う可能性がある。僕を胡散臭いと思ってもらってもかまわないが、あのウェブサイトよりは信憑性があると主張しておこう」

 そして再び前を向いて歩き出した。

 花村の足取りがしっかりしてきている。告白したことで何かが吹っ切れたのかもしれない。

 結城と大川もしばらく顔を見合わせていたが、待って、と声をかけて追いかける。

 俺はといえば、そんな3人の後をのろのろとついていく。

 鳥肌は収まっていたし、花村を疑う理由はなかった。彼は嘘や作り話を堂々とのたまえる器用な男じゃない。

(こうなったら腹を括るしかない)


 ――慧人さんを助ける。そして、花村のことも。


 そう心のなかだけて呟くと、ふつふつと、腹の底からなにかが湧いてくるようだった。


 ◆


「ここが星穴だ」

 緩やかな上り坂の終わり、唐突に視界が開けた。

 眼下には校庭くらいの真っ黒な穴がぽっかりと広がっている。たしかに草木は生えていないし、水も溜まっていない。ただの穴。抉られた跡。土壌が剥き出しになっているようにも見える。

 まさに、隕石クレーター然としている。イメージ通りの穴だ。

 しかしそれは見ているだけで眩暈を起こしそうな、虚無。

 全員が黙っていた。

 特に大川の顔色が悪い。兄がいない、と瞳が訴えている。

「言葉が足りなかったな。ここが、真の星穴への入り口だ。藤沢」

 ん? 俺が顔を上げると、花村が視線を向けてきていた。

「僕も、お前のことは正義の味方だと思っている」

 花村もリュックから取り出したクリアイエローのピストルを手にしている。傷がついていて色がくすんでいて、俺に渡したものよりも使い込まれているように、見えた。

「僕が失敗したときはお兄さんを見つけ次第すぐにここを離れるんだ」

 不穏な言葉に唾を飲みこむ。

「失敗って、なんだよ」

「文字通りだ。僕が返り討ちに遭って宇宙人に捕食されそうになったら、すぐに見限ってほしい」

 同じ高校生とは思えなかった。俺に否定させようとしない、有無を言わせない強い力。

 だけどそんなこと承諾してたまるものか! 俺は、強く左拳を握りしめる。

「正義の味方は仲間を見捨てるなんてことしない」

「犬死にしても犠牲者が増えるだけだ」

「後ろ向きにも程がある。絶対に、花村のことも見捨てないからな」

 ちっ。花村が舌打ちをする。


「好きにしろ」


「花村!」

 言い放つや否や全力で花村が走りだす。躊躇いなく、穴の中央に向かっていく。

「待って!」

「ちょっと、大川っ?」

 反射的に大川と結城も後を追う。道中と同じで俺は最後を守るように追いかける。地面はかたく岩のような感触だ。傾斜は緩いのでつまずかなければ転ばないだろうが、ごつごつしていて走りづらい。勿論、本気で走れば、いちばん速いのは俺だろうけれど。

 そして。

 走りながらぼんやりと考えていた。


(殺してしまいたい程憎い相手なんて俺にはいるだろうか)


 特定の顔が浮かびそうになって慌ててかき消す。

 だけど、花村は負の感情を、7年間も抱えてきたというのか。宇宙人の存在以上に、そのことが想像できなかった。

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