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終点ひとつ前のバス停で俺たちは降りた。
「ありがとうございましたっ」
最後に降りた俺が運転手さんに声をかけると、大川は普段通りにこにことしていた。
「そういうところ、いいよね。委員長らしくって」
「自然と出てくるんだよ。茶化すなって」
「褒めてるんだよ」
本気で言っているようで、ちょっとだけ恥ずかしくなって手の甲で口元を隠した。
「藤沢」
突然、花村が俺の前に立つ。座っていると判りづらかったけれど、至近距離で立つと花村の方が僅かに背が高い。ちょっとだけ悔しい。
改まって名前を呼ばれて少しだけたじろいでしまった。
「ど、どうした」
花村は無言でリュックから何かを取り出した。
受け取ったのは大きな水鉄砲のようなもの。色はクリアレッドで大きいけれどとても軽い。
「子どもの頃めちゃくちゃ流行ったおもちゃみたいだ。懐かしい感じがする」
「これはただのおもちゃだから当然だろう。中に入っている球が、星穴にダメージを与えることができる力を持っている。既に実証済みだ」
中にはピンポン球くらいの大きさの弾が五つ入っていた。
説明は以上、と態度で示している。星穴への行き方といい、実証済み、の詳細は聞かない方がよさそうだ。
「女子ふたりの分はないのか」
「急な話だったから球のストックがなかった。それに」
花村が顔を近づけて耳打ちしてきた。
「結城璃亜には気をつけろ。あのウェブサイトは偽物だ」
(なんだって?)
一瞬、冷たい感覚が背筋を流れていった。
あのウェブサイトというのは『隕石の謎を追え!』のことか。
「それってどういう意味で」
「確証がないからまだ言えない。今日はそれを確かめる為にも来ている」
花村が俺から身を離す。普段通りの少し離れた距離感。
俺たちの間をすり抜けてとんぼが数匹飛んでいく。
「さぁ、向かうわよ!」
既に結城と大川は数歩先のところにいた。
しかし、見事に田んぼしかない。コンビニもない。
バス停も子ども向けのアニメに出てきそうな、錆びかけたり剥がれかけたりしている粗末なものだった。大人2人入るのがやっとの空間に割れたままの窓ガラスがガムテープで補強されたまま放置されている。
ここからさらに30分ほど歩くのだと花村が言う。
田んぼと、入り口に軽トラックの止まっている塀付きの立派な家を交互に見ながら、俺たちは緩やかな上り坂を歩きだした。
「夏には蛍もいる」
花村がぼそっと呟いた。
「見てみたいな」
先を歩く花村と大川が会話している。ちょっと前まで感じていたぎこちなさは少なくなっていた。
自然と、結城と俺が後ろで歩くかたちになる。しばらく歩いていると結城が俺の脇腹を小突いてきた。
「あんた、このままじゃ花村に取られちゃうんじゃない?」
俺はわざと大きく溜息を吐き出してみせた。
「最初にも言ったろう。俺は、大川に恋愛感情は抱いてないって。変に面白がるのはやめてくれないか」
「あ。わかっちゃった?」
舌を出されて、俺は呆れて脱力してしまう。
「大川は俺の恩人なんだよ」
「なんかそれ、大川からも聞いたわ。お互いに変なの」
「俺を正義の味方だって言ってくれるけど、正義の味方は大川の方なんだよ」
結城の瞳がすっと細くなる。そして、大川に視線が向けられた。
「それは、分かる。今まで出会ったなかで最も興味深い人間だわ。弱いのに、強い。強くて、脆い」
妙な言い回しをする。
俺だって正義の味方に憧れていない訳じゃない。
いじめられている子を見ると放っておけなかったし、喧嘩していたら仲裁に入っていた。ただし、小学校低学年までは、だ。
それが段々うまくいかなくなって、世の中には見過ごされていく悪がはびこっているんだと薄々気づき、何か変わるかもしれないと生徒会長とか委員長とかになってみれば子どもに与えられた権限なんてないに等しいと知って、落胆を繰り返してきた。
そんなとき、気持ちを奮い起こしてくれたのは――大川の存在、だった。
大川は中3のときいじめに遭っていた。しかし決して屈せず、毅然とあり続けた。
シンプルに、かっこいい、と思った。
ただ、現実問題として、俺は一介の男子高校生なのだ。
不思議な力を持っている訳でもなければ巨大な悪が平和を脅かすような事件に巻き込まれたこともない。誰にも打ち明けることのないどんよりとした悩みを抱えて、音楽で憂さ晴らししている現状。
どうにかしたいけれど、方法が分からないでいるんだ。
空はいつの間にか鰯雲で埋め尽くされている。
夏と冬のちょうど中間地点にある、穏やかな気候の日だ。散歩にはちょうどいい
辛うじて舗装された道を歩いていたのに、突然、花村が立ち止まって振り向いた。
なんとなく分かってきたけれど花村のコミュニケーションの取り方は基本的に唐突だ。それと、他人の感情というか状況を読み取るのが苦手なような気もする。さっきも俺が照れているのにかまわず話しかけてきたけれど、悪気はないのだろう。
そんな花村がどこからどう見てもただの茂みを指差す。
「ここが僕専用の入り口だ」
とても入り口には見えない。あぜ道や獣道ですらない。
女子2人は俺よりも困惑した表情になって顔を見合わせている。結城はリュックから地図を取り出して、何度も入り口と見比べた。
「ついてきてくれ」
しかし、そこは花村だ。女子の表情に気づかないのか、もしくは何も気にしていないのか。ついてこいと言わんばかりに、すっと体を屈めて、無造作に伸びている枝をかき分けて中に入ってしまう。
俺は固まったままのふたりに後ろから明るめに声をかけた。
「まぁまぁ、大川、結城。俺が最後尾にいるから大丈夫だよ」
安心してもらえたかどうかは分からないけれど、結城と大川も中に入る。辺りに人間がいないことを確認して、後に続いた。変に通報されても困るからだ。
「すぐに道が現れるから」
花村の言葉通り、なんとか歩ける道のようなものに足が乗る。横から伸びてくる枝の量も少ない。花村、結城、大川、俺の順番に、慎重に歩いて行く。結城は自分でつけた印と合っているか確認しているのか、ぶつぶつ呟いていた。時々大川も地図を覗きこんでいる。
足元で落ち葉を踏む度にしゃくしゃくと音がして、土の匂いが立ち昇ってくる。
先頭を進む花村が語りかけてくる。
「この数日間、星が降らなかった。どうしてだと思う?」
(言われてみれば)
ありがたいことなので意識していなかった。テスト前の勉強奨励週間にはやたら降っていたのに、最近は快晴が多い。
「大川には悪いが、大川兄を吸いこんで、星穴が満ち足りているからだと僕は考えている。星穴の正体は宇宙人の胃袋だ。ただ、完全に消化される前なら、兄を救い出すことは可能だろう」
「花村? 今、なんて?」
立ち止まり、振り返った花村の表情には、15歳とは思えないほど暗い影がかかっていた。
「僕は今日、宇宙人を殺す為に来た。食べられた両親の仇を討つ為に」




