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セツナリウム  作者: shinobu | 偲 凪生
第2話【藤沢悟】
11/28

2-1


 実力テスト最終日の放課後。今回のテストも手応えがあった。この調子でいけば余裕で国公立進学コースへ進級できるだろう。勉強には自信があるし、実績もある。

 俺、藤沢悟は達成感を胸に1年5組の教室へと向かった。

「あのさ、大川譲羽、いる?」

 教室の扉前で適当な女子に話しかけたところ、緑色のフレームのど派手な眼鏡をかけた別の女子がずいっと割り込んできた。

「あんた1組の藤沢なにがし?」

「なにがし? は? 藤沢は俺だけど」

 大川と一緒にいるのを何回か見かけたことがある。スキンシップの過剰な女子だと思って印象に残っていた。そのくせに、制服の着方が校則通りで、ちょっと変わって見える。

「遅い!」

 は? 顔に疑問符を浮かべる。

 すかさず、初対面なのに容赦なく、眼鏡女子は俺の両肩を掴んで揺すってきた。

「好きな女子の窮地にはもっと早く駆けつけなさいよ!」

「いやいや、ちょっと待て、いろいろとつっこみたいんだけど。どういうことだよ」

 身長は160cmくらいだろうか。175センチある俺の顔をきつく覗きこんでくる。その勢いに、ちょっとたじろいでしまう。

「べ、別に、大川はただの友だちだから」

「まぁそこは言及しないでおきましょう。それより、今、あの子、大変なの」

「え?」

「あたしは結城璃亜。今日の放課後、付き合ってちょうだい」



 からっとした秋晴れの日は、空が高く見える。

 鼻先を金木犀の香りがかすめていく。芳香剤ではない自然の花の香りは好きだ。道路に落ちた小さな花が集まって、水たまりのようにオレンジ色に広がっていた。

 駅から徒歩5分。目的地の高層マンションは、俺が受験で来たときには灰色の幕がかかっていて建設中、入居者募集中だった。いつの間にか完成して人間の住む空間となっていたらしい。空に届きそうな白い壁からは清潔感が漂っている。入り口では作業着姿の清掃員が落ち葉を集めていた。

 結城は慣れた手つきでオートロックを開けて中に入る。

(女子の家に行くのはちょっと困るな)

 入り口で躊躇して立ち止まっていたら、結城は自動ドアが閉まらない位置に仁王立ちになった。両腕を組んでにやにやと笑みを浮かべている。

「大丈夫。襲わないから」

(その発言は性別が逆転していないか?)

 溜息を残して、俺は大人しく従う。ついて行くと決めたのは自分なのだ。

 エレベーターに乗ると結城は10階のボタンを押した。

「親御さん、びっくりしないか? 急に男子を連れてきて」

「大丈夫。ここに住んでるのは、あたしだけだから」

「そ、そうか」

 そこになんとなく複雑な事情を感じて、訊かないことにしておく。俺だって家族の話はあまりしたくなかった。

 結城が1010号室の鍵を開ける。

「ただいまー」

 1人で暮らすには広すぎるし、女子の部屋としてはあまりに殺風景な空間が広がっていた。家具はすべて無地のグレーで、必要最低限のものしかないように見えた。違う。冷蔵庫や電子レンジすらなさそうだった。

 部屋の奥にはふすまがあった。

 俺はリビングの隅に鞄をそっと置く。

 ぴったりと閉められているふすまを結城はそっと引いた。

 四畳半の和室の隅には不自然な毛布のかたまりがあった。

 誰がくるまっているのかは明らかだった。

「藤沢、連れてきたよ」

 ぴくりと、毛布が動く。しかしそれ以上の動きはなかった。

 やはり隠れているのは大川譲羽。俺が今日会いに行こうとしていた、北部中学校からの同級生だ。

 結城はわざとらしく息を吐き出して、両腕を組んで、声のボリュームを上げた。

「3日前、夜中に電話してきて。そんなこと普段はないから、何事かと思ったら、号泣しながら、消えたい、死にたいって喚いてて。家にも帰りたくないって言うから、ここに匿ってる。学校には季節外れのインフルエンザに罹ったって言っておいた。あたしにも分かんないけど、母親は捜索願を出したりしていないみたい。この子の家、親が離婚してるから、たぶんちょっと複雑なんだよね」

 両親が離婚しているというのは、初めて聞いた。

 中学生の頃、そんな素振りを見せたことは一度もなかった。お兄さんも何も言っていなかったし、苗字だって勝手に大川だと思いこんでいたから、気づきもしなかった。


「でも、死にたいって電話してきたっていうことは、助けてほしいってことだと思うから」


 結城が視線を毛布に落とす。しかし、毛布は微動だにしない。

(それは、なんとなく、解る)

 弱みを見せない彼女が、他人に助けを求められてよかった。

 だけど想像もしない状況に、正直、言葉が見つからない。そんな状態になるなんて一体何があったというのか。

「で、その、泣き喚いてた原因。お兄さんが失踪したの」

「えっ? 失踪?」

「大川は、お兄さんじゃなくて、自分が消えればよかったと思ってる」

 結城の声のトーンが再び下がる。

「ここからはまたあたしの推測なんだけど、お兄さんは神隠しに遭った。隕石の穴に引き寄せられて、吸いこまれた」

 突拍子もない発言に、思わず遮って声を大きくしてしまう。

「ちょっと待ってくれ。そんなオカルトな話があってたまるかよ。もっとこう、現実的に、事件に巻き込まれたとかあるんじゃないのか」

「これを見てちょうだい」

 結城がスマートフォンの画面を見せてくる。

 黒い背景に蛍光色で『隕石の謎を追え!』と表示されていた。手渡されたのでそのままスクロールしていく。読んでいるだけでは理解が追いつかなくて、声に出す。

「星が染みこみすぎた人間は、自らも隕石の一部になろうとして、クレーターに引き寄せられる? なんだよ、それ」

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